バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ヤマ yama यम【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】


梵yamaにはいくつかの意味がありますが、もっとも重要なのは、「戒律」と地獄の神の「閻魔(えんま)さま」の2つ。
語根は√yam(抑える/制御する/拘束する、与える、拡大する、行く)。
人間が社会を形成すると、人間関係をスムーズにするために、どうしても「行為を制御するもの」としてのヤマ(戒律)が必要となってきます。「モーセの十戒」は有名ですが、インドの『ヤージュニャヴァルキヤ法典』も、
① 禁欲(brahmacarya)——夫婦者は不倫してはならぬ、出家は一切の性行為を慎むべし
② 慈悲(dayā)——他者に慈悲深くあるべし
③ 忍辱(にんにく;kṣānti)——怒ってはならぬ、耐え忍ぶべし
④ 布施(dāna)——バラモンや貧者に布施をするべし
⑤ 真実語(satya)——つねに真実を語るべし
⑥ 清浄(akalkatā)——身を清浄に保つべし
⑦ 不殺生(ahiṃsā)——他者を殺したり傷つけたりしてはならぬ
⑧ 不偸盗(ふちゅうとう;asteya)——他者のものを奪ってはならぬ、盗んではならぬ
⑨ 不虚言(mādhurya)——嘘をついてはならぬ
⑩ 自制(dama)——自制し、瞑想すべし
の「十戒」を定めています。ヒンドゥー教では、このうち特に重要な、
——不殺生、真実語、禁欲、不偸盗、清浄
を「五戒」としています。
仏教やジャイナ教もこれと大差ない「五戒」を設けていますが、最後の「清浄」が、仏教では「不飲酒」に、ジャイナ教では「不所有」に変わります。つまり、『ヨーガ・スートラ』のヤマ(禁戒)、
——不殺生、真実語、不偸盗、禁欲、不所有
は、ジャイナ教の戒律を借用したものなのです。
ちなみに、『ヨーガ・スートラ』でニヤマ(niyama;勧戒)というときのni-は「下位の、第二の、副次的な」という意味の接頭辞ですから、ニヤマは、ヤマほどの強制力のともなわない準戒律、「自分で自分を律するための内面的な規範」ぐらいのニュアンスになるかと思います。

ヤマ(戒律)の違反者は、たとえ社会的制裁をまぬがれても、あの世のヤマ(閻魔)さまの仕置から逃れることはできない。そうして、2つのyamaは関連し、地獄のヤマ神は「拘束者」と理解されることになります。
ところが、インド最初の文献『リグ・ヴェーダ』に登場するヤマは「拘束者」ではありません。彼は、語根√yamの「拡大する」または「行く」の意から生まれた神だったのです。すなわち——
ヤマの前生は人間。それも最初の人間、インド版アダムでした。イブは双子の妹のヤミー。ふたりは人類繁殖のため、近親相姦の大罪を犯すのです。そして、その結果、こんにち、われわれ人間がいる。つまり、ヤマは、われらが大御先祖さま、人類の「拡大者」でもあるのです。
最初の人間は、とうぜん最初の死者でもある。ヤマは死後天界におもむき——ゆえに最初に「行く(逝く)者」であり、あとからやってくる死者たちのための王国を建設したのです。そこは先に亡くなった家族やご先祖さまたちと楽しく暮らす天国でした。
ところが、インドに地獄の観念が入ってくると(地獄はメソポタミアの発明らしい)、ヤマの王国は地底に移されることになります。ヤマは温厚な王でしたが、地獄の主となると、一転してサディスティックな性格を帯びるようになります。これも生前犯した近親相姦のトラウマによるものなのでしょうか。
ともあれ、地獄の住人となった彼の子孫たちは、ウジの湧いた屍(しかばね)だめや肥だめに放り込まれたり、ヒルやサソリや蛇にむしばまれたり、サトウキビやゴマのように搾られたり、灼く溶けた鉄を飲まされたり、体をバラバラに切り刻まれたり、目をえぐられたりと、ありとあらゆる酷い目にあわされるわことになります。
ヤマが地獄の王であることは、インドのどの宗教も口をそろえていますが、地獄の構造や責め苦については異差がある。ヒンドゥー地獄より仏教地獄のほうが、仏教地獄よりジャイナ地獄のほうが、責めはきつい。ヨーガのヤマ(禁戒)——不殺生、真実語、不偸盗、禁欲、不所有——がジャイナ教のそれである以上、それを破ったヨーガ者が落ちる地獄は、どサドのヤマ(閻魔)の待ちかまえるジャイナ地獄であるに決まっています。いまから心配な人は、体をいじめるタイプの苦行をして、マゾヒストになって体を馴らしておけば、地獄も天国になることでしょう。
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