バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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大地のキャンバス【伊藤武のかきおろしコラム】


6月27、28日はYAJ恒例の高尾山合宿。テーマは「曼荼羅建立」。
インドのマンダラは、地面に描かれました。なぜ地面なのでしょうか? 理由は定かはありません。が、
——地面に絵を描く文化は女に属している
ということは、確信をもって云えましょう。そして、人類のはじめての絵は、大地に描かれたであろうことも。
男たち(職業的な絵師)が描くのは、寺院や宮殿や依頼者の邸宅の壁や天井、布やヤシの葉。飾るため、見せるための、プロの絵です。
女の絵師は原則として存在しません。絵を描くのは、未婚の少女や家庭の主婦、つまりはふつうの女たちです。キャンバスは、自分の家の壁や床、庭、玄関先。飾るため——はもちろんですが、客や神々や精霊を迎えるための、祈るための絵でした。
かつて密教の中心地のひとつだったベンガルやビハールでは、滑らかに浄められた台所の内外──床に壁に庭に、太陽、月、門、蓮華、水壺、花瓶、稲穂、マンゴー、魚、孔雀、ハンサ鳥などの吉祥文やシーターとラーマ、ラーダーとクリシュナなど愛しげに寄り添うカップル神が、ランプの煤、草花や木の実の汁、朱、ターメリック、米粉の絵具、アシの茎の先をつぶした筆を使って、色鮮やかに描き出されていきます。そうして、願い事を叶えてくれる神々や精霊が呼び出されるのです。
その絵に向かって女たちは歌い踊り、自分たちの願いを祈りのなかに折り込んでいきます。
♪この祈り何処に行く? 神様のもと するとどうなる?
♫貧乏人は金持ちに わたしは美しく 夫に愛される妻になる

夫の愛人を呪い殺すたぐいの黒魔術も伝えられているようですが、ここでは触れずにおきましょう。
ともあれ、輪廻だ解脱だのと七面倒くさい男たちの祈りに比べて、女たちのそれはいたって身近で明快です。地面に描かれた絵は、人や動物に踏まれ、風に吹かれて消えてしまうが、かまいはしません。むしろ、祈りが聞きとどけられた証(あかし)と見なされます。
かような女たちの絵は、名前やスタイルやデザインは違えども、インド中で散見することができます。
ベンガルのアルポナ、ビハールのアリパナ、ラジャスターンのマンダナ、マハラシュトラのランゴーリー、カルナータカのランガヴァッリー、タミルナードゥのコーラム、アンドラ・プラデーシュのムッグル、ケーララのカラム、グジャラートのサーティヤー……。
これらの名のうち、ランガヴァッリーはサンスクリットそのもので、「彩られた大地」の意。その訛りであるランゴーリーは、今日ではインドの地面画(じめんが)の総称として海外でも広く知られるようになりました。マンダナ(装飾/化粧)は、「地面の化粧」のニュアンスでしょう。
そう、大地に絵を描く術は、地霊の力をひき出す術。女が絵を描きつづけるかぎり、幸福(さきはい)つきることなく、人は飢えを知らずにすむ。
かような術は、4、5千年前のインダス文明にまで遡るにちがいありません。インダス土器などに残された紋様と女たちの絵のそれとが酷似しているのです。
わたしは、これまで何度か述べてきたとおり、インダス文明はヴェーダの文明(『リグ・ヴェーダ』の時代)であった、と考えています。そうであれば、男たちが祭壇を築き、祭火を焚いて、天の神々を伺(うかが)うかたわらで、女たちは地面に絵を描き、大地の女神に願いを託していたのでしょう。
男と女のまつりは、平行線をたどりながら長い時を閲(けみ)してきましたが、古代が終わりかける6世紀ごろ、仏教の僧院のなかで、ひとつに交わるのです。
インドのマンダラの、土壇を築き、そこに幾何学図形を画くのは、ヴェーダの伝統の継承です。
しかし、色粉をもちいて、神仏の姿やさまざまな吉祥物を描くのは、女の文化に属しています。
密教の阿闍梨(あじゃり)たちは、絵のまわりで女たちが歌い踊ったように、マンダラの周囲を舞いおどり、その後、ヴェーダの祭官たちが祭壇を解体することで儀礼成就の証としたごとく、マンダラを破壇(はだん)したのでした。
合宿では、密教の正統な「五仏マンダラ」を、女の伝統にのっとって建立(描写)する方法もお伝えします。
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