バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ネーパーラ Nepāla नेपाल【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】


中世のたたずまいを遺す町がのんきそうに寝そべるヒマラヤ南麓の盆地。
前グルカ王朝(1769〜2008)では、ネパール(Nepāl)は、法律を(nyāya)守る(pāla)、すなわち「法治国」に由来する国名と教えていたそうですが、「低地と高地、盆地」を意味する梵nipādaが訛ってNepālaになったものかと思われます。
そもそもネーパーラないしはネパールとは、カトマンドゥ盆地をさす呼称でしたが、やがて国家名に拡大されました。ほんらい奈良地方をいう「やまと」が日本全体をさすようになったのと同じです。

ネパールの都カトマンドゥ(Kāṭhmāṇḍau)の名は、16世紀末に王宮の近くに建立されたカーシュタ・マンダパという寺院に由来します。伝説によると——
天上の樹神カルパ・ヴリクシャ(Kalpa-vṛkṣa、如意樹)が、山車祭を見物しようと、人間に化けてこの街に下りた。しかし、呪術師に見破られて捕まってしまう。樹神は、沙羅双樹の巨木を贈ることを条件に解放された。後にその木材(kāṣṭha)から寺院(maṇḍapa)が建てられた。
すなわち、カーシュタ・マンダパとは「木造寺院」のことです。やまとの都にも見まがう三重塔、五重塔がそこかしこと建ちならぶカトマンドゥ盆地ですが、それが寺号になったのは、この地では木材の獲得は意外に難しく、純粋な木造寺院はこれ以外に存在しないからです。
ネパールの寺院は、木骨煉瓦(もっこつれんが)造りが基本。約1・5メートル間隔に木の柱を立てて、その間にレンガを積んでいく。一階分が積み終わると桁(けた)をのせ、その桁に梁(はり)を渡して床をつくる。また、桁には柱を接いで二階、三階と重ねていく。まさに「屋上屋(おくじょうおく)を架す」方式。わが国の塔のように基礎からてっぺんまでを背骨のごとくつらぬく心柱(しんばしら)はありません。軒をささえるのも方杖(ほうづえ、つっかえ棒)です。
日本の建築家にいわせれば「あぶなっかしくて見てられない」のですが、ぞんがいに強い。ネパールは日本に負けぬ地震国。近代にイギリスの技術で建てられたダーラハラ塔は1934年の大地震で倒壊したが、
「マッラ王朝時代(14〜18世紀)のお寺や王宮はびくともしなかった」
ネパール人は胸を張ったものです。

グルカ王朝、および世界最強の傭兵として勇名を馳せるグルカ兵の“グルカ”の名は、かれらの守護聖人で、ハタ・ヨーガの開祖でもあるゴーラクシャ(梵Gorakṣa)に由来します。ゴーラクシャが、ゴラク(Gorakh)→ゴルカ(Gorkha)、そしてグルカ(英Gurkha)と訛っていったのです。
カトマンドゥとポカラを結ぶ街道のちょうど中間点あたりを北に行くと、ゴルカという古い町があります。グルカ王朝発祥の地です。王朝の始祖プリトヴィ・ナーラーヤンはここからカトマンドゥ盆地に進攻して、マッラ王朝を滅ぼし、グルカ王国(ネパール)を建てたのでした。ゴルカの王は、特別の寺院であるカーシュタ・マンダパを、ゴーラクシャにささげる寺院に造りかえました。
つい先日、ヨーガを学ぶ数人の友人とともに、そのゴルカの故地を訪ねました。
人びとは、いわゆるアーリヤ系ではなく、ヒマラヤ・モンゴロイドに属し、自分たちがゴーラクシャゆかりの者であることを、とても誇りにしています。ゴーラクシャが何処の人であったか——ベンガル、パンジャーブ、タミルなど諸説あり、じつは定かではないのですが、ネパールで語られる彼の伝説の濃さから考えて、この地の人であった可能性は十分にあります。ゴーラクシャがモンゴロイドの、われわれ日本人みたいな容貌をしていたかもしれないと思うと、ほんわりとした気分にいだかれました。
小高い丘の頂上付近に、ゴーラクシャが籠って修行した洞窟があります。そして、そこからは、視界の端から端まで、銀屏風のように連なる神々の座を一望できるのです。ヒマラヤの山襞がガラス細工のような輝きを見せている。陽光に映えた峰々の稜線が、蒼空を宝石のかがやきで飾っている。ゴーラクシャもこの荘厳なる大パノラマに霊感を得たにちがいありません。

ネパールが今、たいへんなことになっています。震源地はゴルカのすぐ近くで、付近の村々はほぼ全滅、などという悲しいニュースが伝わってきます。カーシュタ・マンダパを含むカトマンドゥの多くの歴史建造物も倒壊し、1934年の地震で被害を受けたのち再建されたダーラハラ塔も全壊しました。
しかし、先述したとおり、ネパールは地震国です。たび重なる大地震で「王朝時代のお寺や王宮がびくともしなかった」はずがありません。びくともしなかったのはネパールの人びとの心であり、かれらは、災害のたびに、それをたくましく乗り越えて、滋味ゆたかな文化を蓄えてきたと思いたい。
今度の大地震でも、犠牲者のご冥福とともに、すみやかに復興することをお祈りします。
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