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作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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「ラーマの食卓」その2 食材など【伊藤武のかきおろしコラム】


「ラーマの食卓」第2弾。復元メニューには2つのルールが課せられます。
◦当時あった食材を用いること
◦当時あった調理器具を用いること
食材は、たとえば3000年前のラーマ時代におもに食べられていたシャーリ(米)と、こんにち入手できるインディカ米は、かなり異なる品種でしょう。しかし、ラーマ時代のコメの品種までは特定しようがありません。そこで、ここは同じインドのお米ということでOKにします。しかし、中南米が原産のトウガラシやトマトやジャガイモがインドに普及するのは近世以降ですから、使えません。
調理器具は、たとえば回転臼(ロータリーカーン)が発明されるのは2500年前。これなくしては「粉もの」は大幅に制限されます。コメは撞き臼やひき臼(サドルカーン)でも比較的簡単に粉にできますが、コムギを粉にするのには大変な苦労が強いられます。したがって、チャパティはなしです。
鉄器は、インドで出土しているものは、3500年前のものが現在最古。カシミールとドワーラカーの2ヶ所から見つかっています。ラーマ時代、ぼちぼち普及ってところでしょう。でも、最初は武器、次に農具や工具、調理器具はそのあと。ちなみにインドの包丁は、農具の鎌(かま)の転用。鎌を逆さにして木のスタンドに固定したものがいまだに用いられています。
調理器具としての石板はたくさん出土していますが、鉄板はまだなかったと思われます。したがって、米粉はあっても鉄板がないため、薄くパリッと焼いたドーサはできません。石焼きの分厚いパンケーキ状のものは可能ですが。
この理屈からすれば、使用する包丁は鎌、ナベは土鍋、しかもラーマ時代のガンジス中流域で用いられていた「黒縁赤色土器」ということになってしまいますが、ここはふつうの包丁やナベでご勘弁ねがいます。

さて、文献や考古学資料から推して、「ラーマの食卓」に使用可能な食材は——
穀物と豆類は、新大陸原産以外のものは、こんにちインドで用いられているものは、ほとんどすべてOK。アフリカ原産のキビ、アワ、ゴマや、地中海沿岸〜西アジア原産のマスタード、レンズマメ、グリンピース、ヒヨコマメは、すでにインダス文明時代から栽培されていました。
東インド〜ビルマあたりが原産のナスやマンゴーも、インダスから出ています。
バナナやサトウキビ発祥の地は、ニューギニアあたりとされています。しかし、ともに先史時代からインドにあった。とくに、サトウキビはBC.6000年前後にインドに達していた(佐藤次高著・岩波書店刊『砂糖のイスラーム生活史』)。
BC.6000年といえば8000年前。インダス以前です!
この数字が即座に信じられるものではないにせよ、先史時代の人びとの海を越えた交流は、われわれが想像する以上に活発なものであったとしか云いようがありません。
野菜類にどんなものがあったかははっきりしませんが、初期ヴェーダの人々が重視した“シャーカ”(青菜、こんにちのヒンディー語では“サーグ”)は、野菜というより日本にも雑草として野生しているスイバ、シロザ、ツボクサの類であったことが文献から窺われます。
しかし、スイバは、さっと湯がくかソースにすると、現在でもじゅうぶんにうまい。野性的な酸味が肉料理の味をひきしめます。タンパク質、鉄分、ビタミン、ミネラルが豊富で、便秘にもいい。
ヴェーダにシャーカ・ラージャ(青ものの王様)と讃えられるシロザは、ホウレンソウの近縁種です。
ツボクサはセリのような香りが魅力の野草で、アーユルヴェーダでは「頭を良くする薬草」として重宝され、いまでもハーブとしてサラダに用いたりしています。
さて、スパイス。確実なところでは、前記したマスタードのほか、ショウガ、タマリンド、ヒハツ、ヒング、ニンニク、ホーリーバジル、フユザンショウ(四川の山椒に近い品種)など。
あと、はっきりしないが、地中海原産のクミンやコリアンダーなどセリ科系もぼちぼちあったのではないかと考えています。インダス文明の綿布がエジプトで発見されているし、ミイラを包むモスリンはインド産、ツタンカーメンの黄金のマスクに象嵌(ぞうがん)されているラピスラズリもインドから渡ったもの。地中海との交易はさかんです。
扱いに困っていたのがターメリック。拙著『チャラカの食卓』(2008年)に、ターメリックが食用として文献に現れるのは9世紀から、と書いたのですが、インダス人の歯石を研究している学者がいて、その人によると、歯石にターメリックの成分が含まれていた(長田俊樹著・京都大学学術出版会刊『インダス文明の謎』)。
サンスクリット文献や梵kuṅkuma(サフラン、しかしターメリックもしばしばこう呼ばれる)の用法から、ターメリックはかなり後になって、しかもサフランの代用して広まったとしか考えられないのですが、インダス人が食べていた歴然とした証拠を突きつけられたわけです。いろいろ考えたすえ、わたしなりに出した答えは、
「ラーマ時代のインドでは、現在のインドネシアと同じで、生のターメリックは使ったが、ドライをパウダーにしたものはない」。
わたしは、30年以上前にスリランカで買ったホールのドライ・ターメリックを、いまだに持っています。日本でスパイスがまだ入手しにくかった当時、もちろん使用するつもりで1キロばかり購入したのです。ターメリックだけでなく、シナモン、カルダモン、クローブ、胡椒、コーヒー豆……など10キロの荷物にして発送した憶えがあります。1、2年して、ターメリックだけが残りました。こいつは、石のように硬くて、粉にすることができなかったのです。せいぜいできたのは、水に1週間ほどつけて、少し柔らかくなったものを、包丁で細かく切って、すり鉢で当たることくらい。それも大変な手間です。ドライのホールを細かく砕くことすら、簡単にできることではありません。
つまり、ターメリック・パウダーは、回転臼を前提としたかなり進んだ手工業の産物である、ということです。ゆえに、回転臼のないラーマの時代、パウダーのターメリックもなかった、と断定してよいでしょう。
「ラーマの食卓」では生ターメリックは使用可ですが、生のすりおろしとパウダーは、似ても似つかぬ全くの別ものであることをお断りしておきます。

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