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ヴァジュラ vajra वज्र【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】

ヴァジュラ vajra वज्र【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】

この世でもっとも硬い物質ダイヤモンド。
サンスクリットではヴァジュラ、ヒーラ(hīra)またはヒーラカ(hīraka)。現在は世界各地から産出しますが、古代にあってはインドでのみ採れた石です。
昔々はダイヤモンドの原石は河原にふつうに転がっていた、と書物にあり、なるほど、と頷きました。わたしが、インドではなくスリランカにいたときのことですが、現地の友人たちと川に沐浴に行くと、彼らは川床の石を手で探ってすくい上げるのです。ときおり、掌(て)のなかで、碧(みどり)や紅(あか)が煌(きら)めきます。エメラルドやルビーの原石です。それらは、彼らにちょっとした臨時収入をもたらします。宝石の産地では、宝石は最初は川から発見されたのだな、と思いました。

ところで、「タントラ仏教」(密教)を意味する“ヴァジュラヤーナ”(Vajrayāna、金剛乗)は、「ダイヤモンド・ブッディズム」などと紹介されることがあります。たしかに、言い得て妙なる美称ですし、金剛界マンダラ(Vajradhātu-maṇḍala)の堅牢無比な構造にダイヤモンドの結晶を連想するかたも、きっと多いことでしょう。しかし、当のターントリカ(密教徒)たちは、おのれの宗教を、ほんとうにダイヤモンドに喩えていたのでしょうか?
わたしは疑問視しています。
というのは、インドでヴァジュラヤーナが行われていたころ(8〜12世紀)、この地上でもっとも硬い物質を研磨する技術がまだありませんでした。ダイヤモンドの文献上の初出は西暦紀元前後成立の『カウティリヤ実利論』で、宝石(maṇi)のリストの中にヴァジュラが揚げられていますが、おそらくは原石のまま。研磨できないため、特に美しいというわけでもありません。ダイヤよりも真珠(muktā)のほうが尊ばれたと云われていますから、今でいうパワーストーンみたいな扱いであったのだろうと想像します。
タントラには、チャクラの位置に宝石をイメージする瞑想法があります。ゆえにタントラ文献はしばしば真珠、ルビー(māṇikya)、水晶(sphāṭika)、エメラルド(marakata)、サファイア(mahānīla)などについて語りますが、ダイヤモンドについては沈黙しています。たしかに無骨な原石では、瞑想しにくい。
この世でもっとも硬いダイヤモンドが、潜在していた美しさを抽き出され、この世でもっとも価値ある宝石となるのは、15世紀にベルギーでその研磨法が考案されてのちのことです。それは「ダイヤはダイヤで磨けばいい」というものでした。ダイヤモンド同士をこすり合わせたり、その粉をまぶした革で磨くと、さすがの堅物(かたぶつ)もすがたを変えざるを得ません。

さて、ヴァジュラ。「雷霆、インドラ神の武器、密教のシンボルとしての金剛杵」などを意味する男性名詞ですが、√vaj(行く/動く/うろつく)-ra(光/熱)で、虚空を奔(はし)る「雷光」が原義。古代人にとって、雷(かみなり)はまさしく、天上に神のいることを暗示する「神鳴り」でした。
雷鳴は神の怒りの声。電光は神が打ちおろす鋭い刃。ヴェーダのインドラ神とルドラ神(のちのシヴァ神)が、またメソポタミアとギリシアの最高神——マルドゥクとゼウスが、そろって電撃を武器としました。
インドではその電撃(ヴァジュラ)の名にあやかった武器も造られました。また武器のイメージから「極めて堅固な/強力な」という形容詞になり、さらに「ダイヤモンド」をも意味するようになったのです。
金剛杵としてのヴァジュラの祖形は、シヴァ神が手にするトリシューラ(triśūla、三叉戟/三つ又の槍)でしょう。あの3つに分岐した穂先は、ルドラ神の放つ稲妻をデザインしたものです。三叉が把っ手の両端につけられて三鈷杵(さんこしょ)が、それをより強力にしたものとして五鈷杵(ごこしょ)が生まれます。
密教では、ヴァジュラは、煩悩を破砕する菩提心の象徴として、また言語を絶した「空」を象徴するカタチとして用いられます。
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