バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

Entries

生命の樹【伊藤武のかきおろしコラム】

生命の樹【伊藤武のかきおろしコラム】

不思議な光景でした。いかにも「生命の樹」を思わせる威厳ある巨木が、大きな緑の傘となって空をおおっています。しかし、その根元には、「死の象徴」たる髑髏(どくろ)がいくつも並んでいるのです——
毎年でかけるバリ島。現地でお世話になっているYOKOさんが今年案内してくれたのは、バトゥール火山のカルデラ湖のほとりのトゥルニャン村。風葬の村として知られるところです。
こんな物語が伝えられています。

バリに、「樹」があった。樹の美しい香りは天まで昇った。神々はうっとりとした。
太陽神スーリヤに仕える女神(暁の女神ウシャスであろう)が降りてきて、樹のそばで暮らしはじめた。スーリヤはいつまでも戻らぬ女神を天空から叱りつけたが、彼女は背を向け、「あなたのそばより、樹のそばがいい」とばかりに、おしりを突き出した。太陽神は怒り、光のリンガを伸ばして、女神を背後から貫いた。彼女は妊娠し、双子の兄妹を産んだ。
樹は、となりの島ジャワをも喜ばしい香りで染めた。人びとは陶然とした。
王族の4兄妹が、香りの源泉を求めて、バリにやって来た。しかし、末っ子の王女と次男三男の王子は途中で落伍し、長男の王子ひとりが樹のもとに達した。
樹のそばに美しい娘がたたずんでいた。女神が産んだ双子の妹である。王子は一目惚れし、結婚を申し込んだ。「うれしい……でも、兄が許してくれるかしら?」
兄が王子に云った。「おまえが王となって、この国(村)を治めるのであれば、結婚を認めよう」
「喜んで」ジャワの王子は、この国の王となった。
しかし、自分がそうであったように、樹の幸いなる香りは侵略者の群れを招くにちがいない——彼はそう考え、死者を樹の下に置くことにした。
以後、樹の香りは屍体に吸われ、外に漏れることはなくなった。

葬場は、村から10分ほど舟に乗ったところにあります。
伝説の樹は、湖から垂直に立ち上がる外輪山が、そこだけ抉(えぐ)られたような狭い砂浜に生えているため、そこへは舟でしか行けません。屍体を食い荒らす獣も近寄ることができないのです。
樹の下には、つねに11の遺体が横たわっています。竹で造った細長い鳥カゴのような柩(ひつぎ)に納められて。しかし、これは逆にハゲワシの類いから死者を守るためのカゴ。柩のあるじが「樹の香り」をたっぷりと吸いこむことができるよう隙間だらけで、中はよく見えます。
3ヶ月前に亡くなった人がいました。顔は黒ずんでいますが、崩れてはいません。おだやかに眠っているかのようです。
そう、物語の王が願ったとおり、樹からはなんの香りもしません。が、遺体もまた臭わないのです。
樹は、腐敗菌の活動を極限にまで抑える特別の揮発物質を放出しているのでしょう。死者は、樹から降りそそぐ、いわば無臭の香りのシャワーをしずしずと浴びながら、いったんミイラ化し、その後ゆっくりゆっくりと分解して、地中に沁み入り、根に吸い上げられて、生命の樹との冥合(みょうごう)を果たすのです。
遺体の11という数は、この島では聖なる数。バリの寺院の、天国への階段のようにそびえる多重塔の屋根も、最大のもので11層です。
新しい死者が出ると、そのころには骨だけになっている最も古い遺体が退けられます。退けるだけで、埋葬しなおすわけではありません。ために、枯骨(ここつ)が散乱しています。しかし、魂が宿っていたとされる髑髏だけは、樹の根元にしつらえられた壇(だん)に据えられるのです。
何の樹なのでしょう?
わたしにはわかりません。地球上でたった1本だけの樹、と村人はいいますが、生物学的に考えてそのようなことが可能だとは思えません。けれども——
物語のジャワの王子というのは、8、9世紀にバリに進出して、この一帯を治めるようになったジャワのシャイレーンドラ勢力を表わしているのでしょう。ジャワでちょうどボロブドゥール寺院が築かれていたころの話で、樹は当時すでに、いやその数千年も前からここで静かに根を張り、枝を広げて、人びとの死の安寧(あんねい)を守りつづけてきたのでしょう。
村のだれもがここに葬られるわけではありません。若死にした者、事故で亡くなった者は、別のところでふつうに土葬にされます。
ここは、命をまっとうした者のみが安らぐことのできる生のゴールの地。死の陰惨さ、醜悪さとは無縁の、地上で唯一といっていい風葬の地。観光でここを訪れる人たちは、髑髏を手にして、楽しそうに記念撮影をしています。髑髏たちもみな、ほほ笑んでいるかのようです。
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

インド作家_伊藤武(クルシー)

Author:インド作家_伊藤武(クルシー)
 
メルマガ『満月通信』のコラムを載せていきます。
 
講座案内等はこちらでお知らせしています。
http://malini.blog105.fc2.com/

お問い合わせはこちらまで。
yaj612@gmail.com

twitter

最新記事

最新トラックバック

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR