バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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スートラ sūtra सूत्र【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】


今回は、「経(きょう)、経典」というときの、スートラという語について。この語には、
「糸/紐、繊維、線、電線」
「公式/箴言(しんげん)/短い教訓、経/経典」
という2群の意味があります。
sūtraの語根は√sūtr(結ぶ/縛る)ですから、「結わえるモノ」としての「糸・紐」が原意でしょう。
古代インドの大工や石工は墨糸(すみいと)を使って直線を引いていましたから、「線」の意味にもなります。そして——
古代インドでは、文書は椰子の葉っぱに記していました。
そうか、花や宝石を糸をつづって花輪やネックレス、すなわち“マーラー”(mālā)とするごとく、そのコトバをのせた葉っぱに紐(スートラ)を通して「経本」としたから、スートラなのだ……と思われるかも知れませんが、ちょっとちがいます。写本としてのスートラよりも先に、文字のともなわない言葉だけのスートラが先にあったのです。

インドでは、俗事には早くから文字が供されましたが、ヴェーダや仏典などの聖典の保存は丸暗記による記憶のみに頼られ、文書化されることはありませんでした。聖典書写に文字を最初に用いたのは、スリランカの仏教徒です。BC.25年、それまで口誦で伝えられてきたすべての仏典が椰子の葉に文字で書きしるされるようになりました。インドは、これに倣ったのです。
しかし、書写が始まるずっと前から「スートラ」と呼ばれる形式の、頭のなかでだけで存在しうるテキストは、たくさん存在していました。つまり、いくつも言葉(ことのは)を、花や珠を糸でつないで花輪/念珠(マーラー)とするごとく、一本の体系に編んだ「コトバのマーラー」がまずあった。
後に、それが具現化した……目に見える形となったのが、椰子の葉のスートラ、というわけです。
テキストを花輪や念珠にたとえた語は、スートラだけではありません。
『ラティ・マンジャリー』(「快楽の花輪」)や『ヨーガ・ラトナ・アーヴァリー』(「ヨーガの宝石の首飾り」)というときのmañjarīとāvalīは、いずれも「一連のもの」の義で、マーラーを意味しています。
マーラーという語自体も、たとえば『サーダナー・マーラー』(「成就法の念珠」)という名の密教文献を生み出すことになります。
とはいえ、これらの語に先駆けて、「スートラ」がありました。というより、「マンジャリー」も「アーヴァリー」も「マーラー」も、「スートラ」のちょっとしたバリエーション、というべきでしょう。

「スートラ」という語には厳かなひびきがあります。
はじめは、ヴェーダ理解のための補助学の綱要を記憶と暗誦用に圧縮した短文、およびそのような文体で編まれた綱要書を「スートラ」と称しました。『グリヒヤ・スートラ』(家庭経)などがそれです。
その後、ヴェーダ以外の哲学・学芸の学派もその綱要書にこの文体を用いたので、それらの文献も「スートラ」と呼ばれようになります。『ヨーガ・スートラ』や『カーマ・スートラ』の名はだれでもすぐに思い浮かぶでしょう。
短ければ短いほどよい、極度に圧縮した文。ときには文といえない、暗号らしきものの羅列、ということもあります。それが、スートラ調の文体です。
スートラ作家は、音節ひとつ減らすことをわが子の誕生以上に喜んだといわれます。
かれらは、文から余計なものを削ぎに削ぎ、語と、語と語の関連のもっとも本質的な部分のみを残して、スートラを紡ぐのでした。そう、宝石細工師が原石から余計なものを削ぎ落とし、宝石のもっとも美しい輝きを取り出してマーラーとするごとく。
日本の俳句を他の言語に移すことができないように、スートラは本質的に翻訳不可です。一語一語がひじょうに深い意味を持つため、サンスクリットの単語そのものの意味を吟味することが必要となってきます。

仏教では、「スートラ」は綱要書ではあるが、これとは少しニュアンスを異にします。
おシャカ様のお付き(秘書)で師の説法をもっとも多く聞いた仏弟子アーナンダの「私はこのように聞いた」(梵evaṃ mayā
śrutam、漢「如是我聞」)のモノローグに始まる、おシャカ様の直の説法とされる聖典が仏教における「スートラ」で、バラモンのスートラよりもずっと饒舌です。
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