バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ブータ bhūta भूत【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



地水火風空——の「五大元素」。サンスクリットではパンチャ・マハーブータ(pañcamahā-bhūta)。インドのあらゆるヴィディヤー(科学)の核をなすコンセプトです。アーユルヴェーダもヨーガのチャクラもこの理論に拠っているのですが……。
「元素」にあたるブータの語根は√bhū (〜になる/在る/起こる;生い茂る/繁栄する)。
√bhūをbhauに変化させて、名詞語尾の-aを添えると、バヴァ(bhava)で「誕生/存在/繁栄」。
√bhūに過去分詞をあらわす-taを添えて、bhūta(生起した/現存する/~である)。さらに「生起したもの/在るもの;元素」という名詞にもなるわけですが、「お化け」という意味もあり、この場合は「部多鬼(ぶたき)」と漢訳されます。英語のヨーガやタントラの本を見ると、ときどき「ファイア・ゴースト」(火のお化け)なんてのが出てきて、はて何だろ?
と首をかしげてしまいますが、「ファイア・エレメント」(火の元素)の誤訳でしょう。
まったくブータは、お化けのごとく捉えがたく、人騒がせで、アーユルヴェーダやヨーガにかかわる人々を悩ませます。元素といいながら、現代科学の水素(H)や酸素(O)や鉄(Fe)といったのとは勝手がちがう。物体のようであり、特定のエネルギー(作用、力)のようでもある。なかなか理解しがたい概念です。
インドでも、ブータの正体をめぐって長く論争が交わされてきました。上座部仏教とジャイナ教とヴァイシェーシカ哲学は、元素は原子(パラマーヌ)から成り、実在する、と主張。大乗仏教とヴェーダーンタ哲学にとっては、実体なきもの。サーンキヤ哲学は、実在ではあるがヴァイブレーション(振動)のごときもの、と考えているようです。
五大元素は、地ならば地、水ならば水……と文字どおり物質と、物質をそのようにあらしめている力(エネルギー)の様態、そして宇宙の成り立ちをも示している——というのが最大公約数的な見方のようのですが、もういちど、言葉じたいに立ち戻ってみましょう。

√bhūは、「光(bha)を受ける/貯える(ū)」と解することができます。光があるからこそ、万象も在る。圧倒的な光のイメージです。五大元素は、空→風→火→水→地の順でつくられます。
〈空〉はアーカーシャ(ākāśa)。ā(広がりを示す接頭辞)-√kāś(輝く)の名詞形ですから、これも「光の広がる空間」が原意。虚空、スペース、エーテルなどと訳されますが、アーカーシャは元素の作用する「場」であって元素そのものではない、とする主張(四大元素説)もあります。
〈風〉はヴァーユ(vāyu)。√vā(吹く)に派生する語で、これは光がそうであるような「流動する力、推進力、動かせる力」です。また、vāyuは、vā-āyu(生命)と解すれば「生命を吹き込むもの」の意になり、しばしばプラーナと同一視されます。
このヴァーユ(風)は各所で渦をつくり、それに含まれた微細な成分が擦れあって熱、ないしは火を発する。〈火〉はテージャス(tejas<√tij耐え忍ぶ)。おそらく「苦行」と訳されるタパス(tapas<√tap熱する)と関連しているのでしょう。「燃焼する力、熱する力」を表わします。
火の作用によって水が生じる。じっさい、宇宙の渾沌から最初に顕われる原子が水素です。元素としての〈水〉はアプ(ap、通常は複数形のāpasが用いられる)。√āp(会う/出合う)に派生する語ですから、元素と元素を、あるいはモノとモノとを「融合させる力」、そして「冷却する力」。
水は物質を集めて凝らせ、地を生む。〈地〉はプリティヴィー(pṛthivī)。どこまでも広がる大地を感じさせる√pṛth(延びる)に由来する語で、「固める力」。
あらゆるモノがこの5つの力からできている。生命現象も、空風火水地の混ぜものにほかならない——とするのが、インドのヴィディヤーの共通認識のようです。
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日本語の起源

言霊百神

kototama 100 deities
  • posted by 辻 
  • URL 
  • 2014.07/01 22:55分 
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