バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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*アグニ agni अग्नि* *【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】*


アグニ。よく知られた梵語のひとつです。すなわち「火」。
ヒトは、原始からこのかた、生活の中心に「火」を置き、守り、暮らしてきました。焚火の火、囲炉裏の火、竈(かまど)の火……。
アグニの語根は「熱する」とか「焼く」に当たるものであろうと思っていたのですが、違いました。アシュターンガ(aṣṭa-aṅga8つの足、ヨーガや医学の八支)というときのアンガと同根の、√aṅg(行く/歩く)から出た語です。この√aṅgは、√gam(行く/歩く)の変形と思われます。
√aṅg(行く/歩く)→aṅga(足/肢)の発展はわかりやすい。
しかし、√aṅg(行く/歩く)→agni(火)には、ちょいと首を傾(かし)げてしまいます。
梵英辞典には、「agniは、aṅgati ūrdhvam
——彼(火または火神)は上に行く——の略語なり」という語源解釈が付せられています。火は必ず上に向って燃える、ということでしょう。水が必ず上から下へと流れたり、雨となって天から地に降るのとは逆に。いや、水は水蒸気となって上に行くではないか、と思われるかもしれません。しかし、それこそ火の力。水は熱せられて蒸気になります。
アグニの同義語にヴァフニ(vahni)がありますが、この場合の語源は√vah(運ぶ/車などをひく)。乗物をヴァーハナ(vāhana)といいますが、これが√vahの派生語であることはいうまでもありません。ともあれ、
——上に向って燃え、焼いたもの(の成分)を運び上げるもの
が、古代インド人が火に対していだいたイメージだったようです。そして、それはそのまま、
——護摩(ごま;梵homa)の火
のイメージと重なります。
護摩に供物であるバター油、ソーマ、穀物、ゴマなどが焼(く)べられる。供物は、煙となって、天上の神々に届けられる。これに満足した神々が人間の願いに応えてくれる——というのが、ヴェーダの宗教の原形でした。

その後、アグニは、抽象化されて、天空で灼熱する太陽、体を温める血潮など、あらゆる熱(火)の原理をつかさどる神となっていきました。現代的用法では、「原子力の火」や「核ミサイル」もアグニです。
アグニは、忿怒の火(kopa-agni)、思考の火(cinta-agni)、悲哀の火(śoka-agni)、智慧の火(jñāna-agni)などと、火焔(ほむら)のごとく揺らぐ心の動きそのものとも同視されています。
「腹の火」(jaṭhara-agni)というコンセプトもきわめて重要です。ウパニシャッド哲学は、
——腹の火(消化力)は祭火である!
と、われわれには関係のありそうに思えない胃腸の消化力と「護摩の火」とを、太いイコールで直結させてしまいました。これも“アグニ=ヴァフニ”という語から導き出された、サンスクリットだからこその発想です。この場合、お腹で消化される食物が供物。心臓(にいるとされる神、アートマン)がその受取手。
この宣誓は、のちのアーユルヴェーダやヨーガの行方を決定することになります。
アーユルヴェーダでは、腸で消化されたもの(rasa)が心臓に運ばれ、心臓から肝臓に送られて血液(rakta)となり、ふたたび心臓にを経て全身に配給される、というユニークな生理学の基盤を形成します。アーユルヴェーダの、——すべての病はお腹に始まる!
という発想もここから生まれました。供物(食物)が不適切であり、護摩の火(消化力)も勢いよく燃えることがなければ、病気になってしまう、ということです。
ヨーガでは、腹の火はクンダリニーに発展していきます
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