バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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インド・ヨーロッパ語の起源、日本人のルーツ【伊藤武のかきおろしコラム】


印欧語族について、これまで何度か書いてきました。植民地時代、大英帝国が、「すぐれた弟(イギリス)が劣った兄(インド)の面倒を見る」といって、それをインド支配の理由のひとつにあげていたことに業を煮やし、「サンスクリットとヨーロッパ語は、まるで似ていない」とするインド人も多いようです。しかし、実際に、あまりにも類似が多い。インド人とヨーロッパ人はかつて、どこかで繋がっていたはず。
それは何万年も前のことである!
として、母系(婆→母→娘)によって継承されるミトコンドリアDNAと父系(爺→父→息子)によって継承されるY染色体に関する研究にもとづく遺伝子学の分野からは、次のようなストーリーが提示されています。オクスフォード大学のスティーヴン・オッペンハイマー博士や、グラスゴー大学のヴィンセント・マコーレー博士をはじめとする多くの遺伝子学者によると——。

化石人類(アウストラロピテクスやネアンデルタール人などの絶滅した人類)をふくめ、あらゆるヒト族の故郷がアフリカであることは間違いない。
現人類——ホモサピエンスは、氷河期の約9万年前にアフリカを発った。このときの出(しゅつ)アフリカが1回きりであったか、何波にもわたって行われたかは、学者によって意見が異なる。が、アフリカを出た人類が、インド洋に沿って東方に進み、インドに定住した——ということでは口を揃える。
約5万年前、氷河活動がゆるみ、大陸内陸部の氷原が草原に変わった。このとき、インドを発った人々は、北西に進み、ロシアの大草原に入り、東ヨーロッパに至った。同様に北東に進んだ者たちは、中国を経て、今は水没したベーリング陸橋を渡り、アメリカに至った。
インドはアフリカ人以外の全人類の、第二の故郷なのだ……

インドの、いわゆるアーリヤ系の人々も、ドラヴィダ系の人々も、アーディワーシー(先住民)と呼ばれる人々も、同一の遺伝形質をそなえている。つまり、これまで考えられていたように、それぞれの民族グループがそれぞれ別個にインドに流入してきたのではなく、9万年前にアフリカからインドに移動してきたホモサピエンスが、インド亜大陸内部で、長い時間をかけて、それぞれに変化していった、ということです。
また、われわれ日本人も、5万年前にインドを発った人々の子孫ということになります。
そして、この理論によると、インド人とヨーロッパ人の先祖が分かれたのも5万年前。すなわち、そのころまでには、印欧語の基礎ができあがっていた、ということになるわけです。
印欧語は、「屈折語」といって、名詞に性別があったり、何通りにも格変化したりする、たいへん複雑な言語。それが、5万年前にすでに確立していた、というのでしょうか?
眉に唾をつけてしまいますが、そう思うのは現代人の驕りかもしれません。氷河期を終えて後の農耕にもとずく現代文明は、たかだか1万年の歴史。しかし、われわれと同じ知能を持ち、音に関する感覚はおそらく現代人よりもはるかに鋭敏であった人類が、ヒトとして覚醒して以来、すでに10万年を閲(けみ)しているのです。今日的な物質文明とは異なる、言語にもとづいた高度な精神文明を築いていたかもしれない可能性を、誰がはっきりと否定しえるでしょう。

遺伝子研究からもうひとつ、興味深いことを——。
われわれの遺伝子の4%ほどが、ネアンデルタール人のそれと一致するそうです。おそらくは、インドで混ざったのだろうと。ネアンデルタール人は、声帯の構造から母音がうまく発声できず、かれらの言葉は子音の連続になったとされていますが、サンスクリットが他のどの言語よりも子音が連続する傾向があるのはそのせいかもしれない、とふと思ったりします。
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