バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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*地に落ちたインド学【伊藤武のかきおろしコラム】*


今回は、これまでたびたび触れてきた、そして史実だという刷りこみが為されてきた「アーリヤ民族侵入説」について、ざっと浚(さら)ってみます。出典はいちいち挙げませんが、ソースがどうのこうの、と気になるかたはAryan
Invasion theoryで検索してみてください。
18世紀、インドに進出したヨーロッパ人は、ヨーロッパの言語とよく似たサンスクリットを「発見」して驚愕します。
「古雅で、なんと素晴らしい構造をもった言語であろう。ギリシア語よりも完全で、ラテン語よりも豊饒で、そのどちらよりもずっと洗練されている……」(ウィリアム・ジョーンズ卿)。
かれらは、サンスクリットという言語に夢中になり、それを有するインド人に嫉妬の念さえいだいてしまうのです。
アジア・アフリカ・アメリカ・オセアニアの植民地化を目論むヨーロッパは、商人と宣教師のあとに軍隊が続く、を征服の方程式としましたが、言語研究は長いあいだ聖書研究に属していましたから、この場合の宣教師は言語学者に同義といってよいでしょう。厳密にいえば、サンスクリットの発見により、かれらは「語族」と「比較言語学」というコンセプトを発明し、結果、神学的もしくは哲学的な色彩の強かった言語研究が科学に昇格するのですが。
印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)——すなわち、インド人とヨーロッパ人はルーツを等しくする。かれらは印欧語族の原郷探しを始めます。はじめは、サンスクリットという「もっとも完全な言語」が保存されているインドがそうであろう、と考えられました。いいかえれば、ヨーロッパ人の先祖はインド人である、と。
ところが19世紀に入り、インドの植民地化が進行し、人種差別主義が台頭するようになると、ヨーロッパ人、とくに英国人はそれにガマンできなくなってしまいます。「優秀な白人であるわれわれが、劣った有色人種のインド人の子孫であるはずがない」と。
そうして、かれらは今度は、インド以外のユーラシア大陸のどこかにいた「白色人種で、サンスクリットを話すアーリヤ民族」がBC.1500年頃にインドに侵入し、「色が黒く、鼻が低く、髪の縮れたドラヴィダ民族」を征服し、BC.1200年頃、インド最初の文献『リグ・ヴェーダ』を編纂する、というストーリーを創作してしまうのです。
これは、サンスクリットとヨーロッパ諸語が似ている、だけが根拠で、証拠は一切ありません。しかし、大英帝国の権威をもって「史実」としてしまいます。むしろ、「植民地政策」といったほうが的確かもしれません。おれたちは、おまえたちの先祖がやったことのマネをしただけだ、と暴力でインドを支配したことを正当化できる。さらに北インド(アーリヤ系)と南インド(ドラヴィダ系)を敵対させ、インドを分断することができる。分割統治が支配の鉄則です。
BC.1500年、BC.1200年という年代設定も、しっかりした根拠があるわけではありません。証拠がないから、いいたい放題です。アーリヤ民族の原郷には、はじめは曖昧ながら中央アジアが想定されていましたが、のちにはヨーロッパ自体——とくに北欧あたりがそうである、という説まで唱えられるようになりました。その行きつく先が「アーリヤ民族至上主義」を掲げるナチスの登場です。
インド独立(1947年)後、「アーリヤ民族侵入説」を否定する考古学的、遺伝学的発見が続々となされています。そして最近、イギリスBBCがこれが捏造であることを正式に認めました。

さて、自室の書架には、インドの歴史、宗教、哲学などに関する書物が何十冊と詰めこまれていますが、それらはすべて「アーリヤ民族侵入説」を前提としています。わたし自身も2008年の『チャラカの食卓』まで、侵入説にのっとって執筆してきました(これについては、インドに対し申し訳ない気持ちでいっぱいです)。
インドロジー(インド学)という学問そのものが、前記の宣教師ないしは敬虔なキリスト教徒の言語学者によって作られたものですから、これはいたしかたない、とはいえましょう。熱心な一神教徒は往々にして、熱心な他宗教排斥主義者になりがちです。
しかし、辻直四郎博士や中村元博士といった一世代前のインド学者であればいざしらず、若手の学者たちがいまだに、BC.1500年頃アーリヤ民族が侵入し……などと書いているのをみると、どうかと思ってしまいます。学問体系は、その土台が狂っている以上、すべて誤りということになってしまうのですから。「ちょこっとサンスクリット」も併せてお読みください。
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