バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

Entries

ふぐの子粕漬けの錬金術【伊藤武のかきおろしコラム】



日本中を水浸しにした台風は、「夏」をも吹きとばしてしまいました。朝夕は肌寒いほど。
心より先に体が秋モードに変わり、冷たいソーメンより、温かいメンが欲しくなります。ビールを流しこむより、日本酒を嘗めたくなります。
季節の変わり目は、体や精神の調子を崩しやすい。心がドキッとするものを食べて、身をシャキッとさせることが一番です。わが故郷、加賀(石川県南部)の名物、
「ふぐの子(フグの卵巣)の糠漬け」
はいかがでしょう。
おい、おい、フグの卵巣って、煮ても焼いても食えない猛毒だろう? ——ということで、まずドキッとくる。たしかに、フグ毒を無毒化することは絶対不可能とされています。しかし、この食品に限っては、大丈夫なのです。
と、かわって、いつ、誰が、如何にして、こんな奇態(けったい)な食い物を考え出したのだろう? ——ファンタジーが心に渦まきます。発明者の名は伝わっていません。わかっているのは、加賀で生まれ、江戸中期には商品になっていたことぐらい。いま、わたしが考えているのは、こんなストーリーです。

「ふぐは美味い。ふぐの子はもっと甘(うま)いに決まっとる!」
と考えた呑んべいが江戸時代の加賀にいた。
キャビア、イクラ、モミジコ、カラスミ……魚の卵はうまい。だが、ふぐの子は別だ。フグを食べるに際し、真っ先に取り除かれる毒そのものなのだから。それを何とかして、食ってやろう、というのだ。なんと大胆な想像力であろう。卑金属を黄金に変換する錬金術に通じる発想である。
フグの卵巣を30%の塩水に1年間漬けた後、糠床(ぬかどこ)に2年以上漬けこむ——がその錬金術であるが、彼はいかにして、それを発見したのだろう? そして、この方法をして、いかなるメカニズムで毒が消えるのか、現代科学をもってしても解明できていないのだ。無毒化される、という結果があるのみである。神秘としかいいようがない。
加賀では武士以外のほとんど民は真宗の徒であったから、彼もまた、ナンマンダブ、と彼岸の仏に祈ったにちがいない。浄土の光(インスピレーション)が射した。
「米や! 糠や!」
大根や鰯を漬けるありふれた糠床に、ふぐの子を漬ける。米は当時、シャリ(ブッダの遺骨)と同一視される神聖なものであった。その副産物である糠の効用は、それはそれは大したものである。漆器や食器を磨くのに用い、大根や竹の子や身欠きニシンのアクを取るの使う。おなごの肌も、糠で磨けば、ツルツルになる。ふぐの子の毒も、要するにアクであり、「福(ふく)の子」たる本質を曇らせる汚れである。糠に漬ければ消えるにちがいない。彼——個人であるか複数の人物であるかは知らぬ——の直感は正しかった。猛毒がうまい珍味に変身した。
原材料がただ同然のふぐの子糠漬けは、経済的な意味においても錬金術であった。当時、蝦夷地と大坂の間を、北前船が日本海廻りで往復していた。それは、米と海産物を中心に、塩、古着、日用雑貨とあらゆる商品を売買する、いわば「動く総合商社」であったが、江戸中期ごろから「加賀のふぐの子糠漬け」がその積荷目録に登場する。その頃には、手工業としてまとまった量が生産され、確実に商品化されていた、ということだ。

糠を落としたふぐの子を軽くあぶる。中には赤みがかった黄金色の粒々(つぶつぶ)がぎゅっと詰まっています。熱で活性化した発酵臭にそそられます。ちびりと齧り、日本酒で喉に流し込むと、舌先に濃厚なうま味だけが残る。茶漬けやスパゲッティにしても美味しい。
最近はネットでも購入できます(「ふぐの卵巣の糠漬け」で検索)から、興味あるかたは試してみてください。
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

インド作家_伊藤武(クルシー)

Author:インド作家_伊藤武(クルシー)
 
メルマガ『満月通信』のコラムを載せていきます。
 
講座案内等はこちらでお知らせしています。
http://malini.blog105.fc2.com/

お問い合わせはこちらまで。
yaj612@gmail.com

twitter

最新記事

最新トラックバック

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR