バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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モークシャ mokṣa मोक्ष【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



16万±4万年前(つまり20万〜12万年前)
のうちの数十年を生きたミトコンドリヤ・イブ(全人類に共通の、たった一人の、実在の母ちゃん)が、喉をふるわせて、たとえば、
——ムチュ!
という音声を発したとき、何という意味になって、仲間たちの耳に届いたのだろう?
そんな発想が、わたしのサンスクリット研究の基盤になっています。
20万〜12万年前に現れた現人類ホモサピエンス(つまり、そのころから現在にいたるまで、人類の身体のデザインと機能はほとんど変わっていない)は、競合関係にあった他の人類がついに持ちえなかった繊細なヴォーカルを与えられました。「意味」が「言葉」に変換される、ということです。
言語は、それからゆっくりゆっくりと成長してゆくのですが、最初は、「ア!」とか、「エイ!」とか、「オー!」とか、「カァー!」とか、そんなたった1音節の発声が、十分な意味をもち得たのではないか。もちろん、さまざまな音調に、ダンスに近い身振り手振りも加えてのことだろうが、十分な、というより、一声にすべてを託す強力な意味、をかかえ得たのでは——。
そして、その音声が、いわゆるコトダマ(言霊)として、のちのちの、10数万年後の地球全土に散らばった子孫にまで伝えられたのではないだろうか。日本語を、英語を、その他あらゆる言語をつらぬいて木霊(こだま)す「ひびき」として。
そして、そして、たった1音節から成るサンスクリットの「語根」は、原初のコトダマにもっとも近いのではないか。これまでに、
スー(√sū「生む/はぐくむ/活気づける」)→sūrya(太陽)、soma(ソーマ)
クリ(√kṛ「行なう/為す」)→karman(カルマ)、cakra(チャクラ)
ガン(√gam「行く」)→gaṅgā(ガンジス河)
シャン(√śam」静まる/鎮まる」)→śānti(シャーンティ)
アス(√as「在る/存在する」)→satyam(真実)
などの語根と派生語を紹介してきました。
では、ミトコンドリヤ・イブは、「ムチュ」という響きにどんな意味をこめたのでしょう。辞典には、
√muc「ゆるめる、解き放つ、投げる、(矢を)放つ、自由にする、棄てる」
などと記されています。「なにかを身から離す/放す」が、コアとなる意味のようです。

イブがたくましい息子たちを引き連れて、勇ましく「ムチュ」と叫べば、それは、
——獲物に投げ槍を放て!
産んで間もない子の死体を抱いて、悲しみにくれる娘に、やさしく「ムチュ」と囁けば、それは、
——あきらめて、死体を離し(埋葬)なさい。
木の枝から離れる果実を見て「ムチュ」といえば、それは、
——落ちた。
疲れた体をだれかに揉んでもろい、とろけるように「ムチュ」ともらせば、それは、
——う〜ん、気持ちいい。
そして、病の床にあり、さみしく「ムチュ」と呟けば、それは、
——ああ、わたしは逝くのね。
√mucの派生語に、ムクタ(mukta;リラックスした、解放された、解脱者)、ムクティ(mukti;放出、解放、自由)、そしてモークシャ(mokṣa;矢を射ること、解放、解脱)などがあり、いずれも「解脱」ないしは「解脱者」と訳されますが、この漢語は妙に重々しい。
マッサージを受けて楽になるのも、仕事を終えてほっとするのも、ムクタであり、モークシャです。
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