バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【うづきの満月通信】

日陰の女【伊藤武のかきおろしコラム】

5年前、はじめて高尾山合宿を計画し、宿坊の下見に行ったとき——
「ポール・マッカートニーご夫妻がお泊まりになった部屋です」
案内の職員から、ふだんは開かずの間になっている貴賓室を見せていただきました(見るだけ、ね)。何百年とつづく由緒あるお寺さんには、皇室や将軍、大名のための特別室が設けられているのです。ポールも雲上人としてもてなされたと知って、高尾山もけっこうミーハーだな、と思いつつ、長年ビートルズファンであるわたしは少し嬉しくもありました。
(ベジタリアンのポールは、高尾の精進料理を楽しめただろうか……)などと想いつつ。
しかし、それから間もなくして、ポールが離婚した、というニュースを聞くことになります。
(ミュージシャンのポールは、高尾の弁天洞を詣でたのだろうか……)とっさに思ったのでした。
高尾山の宿坊からさらに奥に行ったところ——一般の参詣者や観光客が立ち寄らない、というか気づきもしないところに洞窟があり、そのなかで弁天、すなわちサラスワティー女神が祀られています。高尾山にかぎらず、弁天は、水辺や人気のない場所で、ひっそりと祀られることがつねです。学問・芸術のインスピレーションを与えてくれる女神ですが、カップルで詣でると別れることになると云われています。
日本だけではありません。生まれ故郷のインドにおいても、ほぼ同様のあつかいです。
サラスワティーは、知恵の女神として尊敬されはするが、彼女の寺院はほとんどありません。神話によると、彼女は絶世の美女ではあるが、潔癖性で、色ごとはお嫌いだった。家事もダメ。そのうえ、ヒステリーの気もあるから、男にとっては妻にしたくないタイプの女です。じっさいブラフマーと結婚するものの(というより、創造神ブラフマーは自分の妻としてサラスワティーをこしらえるが)、すぐに別れ、水辺でひとりで暮らしている。
サラスワティーは、まったく日陰の女なのです。どうしてなのでしょう? 

サラスワティーは、インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』では、母なる大河の女神としてデビューします。インダス河の東を、インダスと並行するように流れ、両者は夫婦河(めおとがわ)とされた(インダスの梵語Sindhuは男性名詞、Sarasvatīは女性名詞)。そして、サラスワティーのほとりにはたくさんの町があり、ヴェーダもサラスワティーのほとりで発見された(作られた)という。
しかし、じっさいには、インダスの東には不毛のタール砂漠が広がるだけで、そんな大河などありはしない。サラスワティーは空想の河と考えられてきました。
ところが十数年前、アメリカの地球観測衛星ランドサットが、タール砂漠にうがたれた太古の河床跡を撮影したのです。サラスワティーは実在したのです。さらに、河床跡に沿って、多くのインダス文明の遺跡が発見されました。
最近の調査では、4000年前の大地震で、サラスワティー河が涸れ、インダス河の流路も変わり、結局これが原因でインダス文明は衰退した、とされています。
この発見は、「アーリヤ人のインド侵入説」をも覆すものでした。3500年前にインドに侵入したとされるアーリヤ人が、そのころとっくに涸れていたサラスワティー河のことなど知るわけがないし、ましてやそのほとりでヴェーダが生まれるはずがないのですから。
つまり——
ヴェーダはサラスワティーのほとりで生まれた——ゆえに、彼女は知恵の女神なのです。
サラスワティーは突如いなくなった——ゆえに、彼女は俗気とは無縁の、さみしい女神なのです。
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