バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【やよいの満月通信】


サンスクリットで読み解くナイル 【伊藤武のかきおろしコラム】


銀座のインド料理の老舗ナイルレストラン。
「インドなのに、どうしてナイルなの?」
という声をよく耳にします。ナイルレストランのナイルは、アフリカのナイル河とは無関係。初代マスターA・M・ナイル(Nair)氏の姓を店名に したものです。このナイルは、インド・ケーララ州の主要部族の名称、ナーヤル(Nāyar)の簡略形ですが、ナーヤルはさらにサンスクリットのナーヤカ (Nāyaka=指導者、領主)にさかのぼります。
しかし、アフリカのナイル河が、インドとまったく無関係というわけではない。ひょっとしたら、この河の名も、サンスクリット起源かもしれないのです。

「パンディットにナイル河にかんする知識が伝えられているそうだ。真偽のほどはわからぬがな」
19世紀なかば、東インド会社軍に入隊した二十歳(はたち)そこそこの英国青年ジョンは、上司の軍人から、そんな話を聞かされました。パンディットとは、バラモンの学者のことです。
ジョンは、休暇にはヒマラヤを旅し、チベットにも入っていますから、秘境好きの冒険野郎だったのでしょう。彼は、インド最大の聖地ベナレスに赴きました。著名なパンディットに、ナイル河について訊ねるためです。もちろん、多額の謝礼を支払ったことでしょう。
筆者は、インドを巡っていたころ、インド人に小賢しい知識を披瀝して“パンディット”の渾名をちょうだいし、どや顔をしていましが、本物のパン ディットを知って赤面してしまいました。かれらは、ヴェーダに始まる万巻のサンスクリット文献を、文字どおりの意味で丸暗記しているのですから。頭に図書 館をかかえているようなものです。コンピュータと同じで、キーワードを打ち込めば、たちまち検索できる。
「ナイル河とな、どう綴るのじゃ?」そのパンディットは問います。
「(英語で)Nile、アラビア語のNīlから来ています」
「Nīl、サンスクリットではNīlaだな。いや、河の名であれば、女性形のNīlāとなろう」
そして、パンディットは、ニーラー・ニーラー・ニーラーと呪文のように唱えました。と、いくつかのプラーナ文献にヒットしたようです。パンディットは、朗々と謳いあげました。
「シャンカ・ドウィーパ(貝の島)の西なる大陸を西に行くと、ソーマギリ(月の山)に至る。それより西がチャンドラ・スターナ(月の国)なりて、 アマラ(不死)なる大湖のあり。かのニーラー(青き河)はこれより北に出(い)で、流れ流れて、サンチャ・スターナ(文書の国)に至らん……」(『バヴィ シュヤ・プラーナ』)
ジョンは、アフリカの地図を持ち出して、詩にあらわれる地名を当てはめていきます。
(ニーラー、すなわちナイルはアマラなる湖が源、ということだな。サンチャ・スターナとは、パピルス文書を保存するエジプトであろう。では、起点となるシャンカ・ドウィーパ(śaṅkha-dvīpa)とは? これだ!)
ザンジバル島(Zanzibar)。言語学の知識があれば、śaṅkha⇄zanz、dvīpa⇄ibarの転換は容易に察せられます。
ジョン、正しくはジョン・ハニング・スピークは1856年、プラーナ文献に述べられるコースを辿り――途中にソーマギリことキリマンジャロがあり ます――、ナイルの源アマラ湖を「発見」します。もっとも、この湖は当時のイギリス女王の名を冠して、ヴィクトリア湖と称されることになりますが。
なお、ナイルは、古代エジプトではイテル(大河)と呼ばれていました。アラビア語nīlは「河」。このnīlがサンスクリット化してnīlāなの か、nīlāが訛ってnīlなのかは定かではありません。ちなみに、ケニア高地からは、紀元前のインド商人が貨幣として用いていたモルディブの宝貝が大量 に出土しています。
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