バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ラーガ Rāga राग

【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】


ラーガ Rāga राग

『ヨーガ・スートラ』にいうヨーガの両輪は、vairāgyaとabhyāsa。それぞれ、離欲、実修などと訳されています。アビヤーサ=実修はうなずける訳だけど、ヴァイラーギヤのほうはどうでしょうか?
vairāgya は virāga を強調した語形で、この語はさらにvi(否定)-√rañj(赤く染める)に遡源されます。
 √rañj の名詞形はラーガ(rāga)。恋情に染まると(猿の尻のように)赤くなることから、「発情」「愛欲」の意。転じて「欲望」全体をさし、カーマ(kāma)の同義語となる。つまり、ヴァイラーギヤは「愛に代表される欲に染まらぬこと」が正しいニュアンスです。
キリスト教では無条件に尊いとされる愛が、『ヨーガ・スートラ』では否定的に扱われます。人を愛することはもちろん、ペットを愛することも、酒を愛することも、芸術を愛することも、いっさいタブー。どのような種類の愛であっても、それは執着であり、この世(輪廻の世界)に魂を縛りつける最大の因となるからです。
しかし、人間の感情から愛を除去することは可能なのでしょうか? よほどの偏屈、ないしはそれこそもっとも愛したくないタイプの人間以外は不可能でしょう。じっさい、古代のヨーガ行者は、アビヤーサ(実修)以前に、ラーガを相手に悶々と格闘していたようですが、やがてどんなに頑張ってもその軍門に降(くだ)らざるを得ないことに気づきます。
そして、愛と闘ってシャクティ(エネルギー、能力)をロスするよりも、ラーガを奉(たてまつ)り、その力を悟りに向かう力に転化しようと考える一派も出てきました。仏教の愛染明王(あいぜんみょうおう)、サンスクリットでいうRāga-rāja(愛欲の王)はそうして生み出されたホトケです。
『ヨーガ・スートラ』にもそうした考えがまったくないわけでもありません。自在神への記念(īśvara-praṇidhāna)とは、この世のものではない神(イーシュワラ)に向けた愛ととらえることもできます。
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