バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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メール Meru मेरु


メール Meru मेरु



メールといっても、電子メールではありません。インド神話の宇宙の中心軸メール山(Meru-giri)のこと。語源は不明ですが、このメールに「素晴らしい」を意味する接頭辞suを冠してスメール。その音訳が「須弥」。日本では通常、「須弥山」(しゅみせん)と称されます。
インド、およびインドの宗教を受け入れた文化では、身近な聖山が須弥山にたとえられることになります。チベット高原にそびえるカイラーサ(Kailāsa、「白き峰」の意)はその代表ですが、アンコール(カンボジア)のクーレン山、中部ジャワのメラピー山、東ジャワのブロモ山、タイのチャヤナット山、バリ島のアグン山にバトゥール山……いずれも土地の人びとにとっては不二(ふじ)なる須弥山といえましょう。山頂ないしは山頂付近は、仏教・ヒンドゥー教の一大聖地になっています。
これらの須弥山のなかで、筆者が「メール」のイメージをもっとも強くいだくのは、バリ島のバトゥール山。なぜなら、この山とこの山に源する無数の川や地下水脈が「人体」を彷彿とさせるから。

ヨーガでは、背骨ないしはスシュムナー(Suṣumṇā)が、「人体という小宇宙におけるメール」にたとえられています。そして、この人体メールから発せられる無数の脈管(nāḍī)が体内にくまなく廻らされ、そのなかを通るプラーナによって、意識をふくめた生命現象が生起する、と考えられています。
地中を見透かす神の眼をもってバリをうち眺めると、おそらくこれと同じような風光が心に飛びこんでくることでしょう。
バトゥールは活火山。海の水は火山のいただきに向けて吹き上げられ、そこで豪雨を降らせて、山にしみ込み、やがて麓から泉となって湧き出してきます。バリにはほかにもこうした火山がいくつかあって、泉の水は、島中にはり巡らされたさまざまな水脈を通して、斜面を切り拓いてつくった棚田の一枚一枚に届けられます。水路のなかには、砂漠のカナートのように地下をうがって通したものもたくさんあります。
地中と地表を複雑に重層的に走る水脈は、体のすみずみに養分やプラーナを送りこむ毛細血管、ないしは微細な脈管に似てはいないでしょうか。そしてもし――。
それらの水脈が、ヨーガにいうナーディーのごとき働きをしている、とします。ならば、疑似生命とでもいうべきものが発生し、そこになんらかの精神現象が宿ることもあるやも知れません。バリはオバケの島としても有名で、霊感のない人でも何らかの気配を感じてしまうのですが、それは決まって川、ないしは水脈のあるところなのです。

さて、筆者の住む東京近辺では、さしずめ高尾山が「須弥山」でしょうか。瑜伽(ゆが=真言宗)と修験の山です。ここも豊かな水で知られており、オバケのたぐいとしては、ときおり天狗が出没する、とのことです。YAJでは毎年、夏から秋にかけて、この高尾山の宿坊で合宿を行っています。いちど、いらしてください。今年のテーマは『バガヴァッド・ギーター』を予定しています。メール Meru मेरु

メールといっても、電子メールではありません。インド神話の宇宙の中心軸メール山(Meru-giri)のこと。語源は不明ですが、このメールに「素晴らしい」を意味する接頭辞suを冠してスメール。その音訳が「須弥」。日本では通常、「須弥山」(しゅみせん)と称されます。
インド、およびインドの宗教を受け入れた文化では、身近な聖山が須弥山にたとえられることになります。チベット高原にそびえるカイラーサ(Kailāsa、「白き峰」の意)はその代表ですが、アンコール(カンボジア)のクーレン山、中部ジャワのメラピー山、東ジャワのブロモ山、タイのチャヤナット山、バリ島のアグン山にバトゥール山……いずれも土地の人びとにとっては不二(ふじ)なる須弥山といえましょう。山頂ないしは山頂付近は、仏教・ヒンドゥー教の一大聖地になっています。
これらの須弥山のなかで、筆者が「メール」のイメージをもっとも強くいだくのは、バリ島のバトゥール山。なぜなら、この山とこの山に源する無数の川や地下水脈が「人体」を彷彿とさせるから。

ヨーガでは、背骨ないしはスシュムナー(Suṣumṇā)が、「人体という小宇宙におけるメール」にたとえられています。そして、この人体メールから発せられる無数の脈管(nāḍī)が体内にくまなく廻らされ、そのなかを通るプラーナによって、意識をふくめた生命現象が生起する、と考えられています。
地中を見透かす神の眼をもってバリをうち眺めると、おそらくこれと同じような風光が心に飛びこんでくることでしょう。
バトゥールは活火山。海の水は火山のいただきに向けて吹き上げられ、そこで豪雨を降らせて、山にしみ込み、やがて麓から泉となって湧き出してきます。バリにはほかにもこうした火山がいくつかあって、泉の水は、島中にはり巡らされたさまざまな水脈を通して、斜面を切り拓いてつくった棚田の一枚一枚に届けられます。水路のなかには、砂漠のカナートのように地下をうがって通したものもたくさんあります。
地中と地表を複雑に重層的に走る水脈は、体のすみずみに養分やプラーナを送りこむ毛細血管、ないしは微細な脈管に似てはいないでしょうか。そしてもし――。
それらの水脈が、ヨーガにいうナーディーのごとき働きをしている、とします。ならば、疑似生命とでもいうべきものが発生し、そこになんらかの精神現象が宿ることもあるやも知れません。バリはオバケの島としても有名で、霊感のない人でも何らかの気配を感じてしまうのですが、それは決まって川、ないしは水脈のあるところなのです。

さて、筆者の住む東京近辺では、さしずめ高尾山が「須弥山」でしょうか。瑜伽(ゆが=真言宗)と修験の山です。ここも豊かな水で知られており、オバケのたぐいとしては、ときおり天狗が出没する、とのことです。YAJでは毎年、夏から秋にかけて、この高尾山の宿坊で合宿を行っています。いちど、いらしてください。今年のテーマは『バガヴァッド・ギーター』を予定しています。





4月の講座予定 → http://malini.blog105.fc2.com/blog-entry-188.html
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