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バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ムドラー mudrā  मुद्रा【ちょこっとサンスクリット語】


インダス文明の遺跡からは、数千におよぶ印章、つまりハンコが出土しています。石製で、一辺2センチから数センチの正方形、ないしは長方形。多くは動物――牡牛や象や犀や虎などが印刻されています。動物にかこまれてヨーガの坐法ですわるシヴァ神の原形とおぼしきモチーフもあります。芸術的価値の高いものも多い。

そして、ほとんどすべての印章にインダス文字がしるされているのですが、これはまだ解読されていません。解読が進まない理由は、多くの学者たちが、インダス文字を古代ドラヴィダ語に属する文字と見なしてきたため。また、せいぜい10に満たない文字数で、長いテキストが発見されていないため。

これまで何度も書いてきたようにインダス文明がヴェーダの文明であったとしたら、その文字は当然ヴェーダ語(サンスクリットの前身)です。しかし、ヴェーダ時代は文字はあっても、それを使って聖典などを保存する習慣がありませんでした。書写したら、聖典の霊性が失われる、と信じられていたようです。ヴェーダのテキストはもっぱら神官の脳にのみ刻まれ(丸暗記され)、文字は商人によりメモ程度に使われただけでした。

わたしは、ヴェーダ語の、たとえばsvastiなどのごとき「めでたい言葉」をキーワードにすれば、インダス文字もすんなりと解読できるのではないか、と考えています(まだ試していませんが)。というのは、このインダスの印章こそが、最初の“ムドラー”であった、と思われるからです。



ムドラー(mudrā)には、「封印、貨幣、シンボル、錠、ダンスや密教儀礼で用いる手印、ハタ・ヨーガのプラーナーヤーマに関連した身体技法、秘密、神秘」など多くの意味がありますが、第一義は「印章」。その語源は、√mud(楽しむ/喜ぶ)と√rā(与える)。つまり、それは「喜びを与えるもの」でなければなりません。

インダスの印章に刻まれた動物は、部族のトーテムなど喜ばしいとされた動物だったのでしょう。

馬と牝牛を刻んだ印章は、これまで発見されていません。そのため、「インダスには馬はいなかった。馬はアーリヤ人にインドによってもちこまれたのだ」という説が唱えられたこともありましたが、ならばインドには牡牛だけがいて、牝牛は他所からやってきた、という理屈になってしまいます。そして、インダスからは馬の骨もふつうに出土しています。おそらく、馬と牝牛は神聖すぎて、庶民は印章のモチーフとして使えなかったのでしょう。

ヴェーダ時代には、神馬を自由に走らせるという帝王にのみ許される祭事、アシュワメーダ(aśvamedha;馬祀祭)が行われていました。ならば、馬は王の中の王にのみが用いることのできたシンボルだったとにちがいありません。



インダスでは、これらの印章は、荷物や商品のパッケージの封印に用いられました。また、紐を通して、お守りとして首から下げられていたようです(これは『マハーバーラタ』に記述があります)。インドは中世あたりまでハンコ社会で(サインが一般的になるのはイスラム支配の影響)、印章付き指輪が、やはりお守りとして広く用いられていました。

“ムドラー”のその他の意味は、印章のそうした用法から、連想ゲーム式に派生しました。

印章はその持ち主をしめす印(しるし)であるところから、「シンボル」の意が生じ、ハンドジェスチャーでしめすシンボル、すなわち「手印」になります。金属片にその価値を保証する権力のシンボルを刻印すれば「貨幣」になります。

印章が商品などの「封印」に用いられたところから、「錠」の意味が生じます。また、ヨーガには身体の一部(脈管やチャクラなど)に「プラーナを封じる技法」がありますが、これも“ムドラー”と称されます。さらに、このヨーガのムドラーからさまざまな超能力が得られるため、「秘密」や「神秘」も同じ語で呼ばれることになるのです。
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