2018.04/03 [Tue]
【ちょこっとサンスクリット】 ダダンヴァット dadhanvat दधन्वत्
【ちょこっとサンスクリット】
ダダンヴァット dadhanvat दधन्वत्
前回はヴェーダ時代のバターオイル、sarpis(醍醐)とghṛta(ギー)を語りました。今回はチーズについて。
わたしは、いちどだけヨーロッパに行ったことがあります。ドイツ圏とスイスをちょこっとですが。チーズ好きにはたまりません。朝飯はいろんなタイプのチーズが食べ放題だし、レマン湖の畔のチーズ屋に入ったときは、鼻がとぐろを巻きそうな猛烈な臭いにうっとりとしたものでした。
ひるがえって、インドのチーズは、というと――
フレッシュタイプのカッテージチーズに類する“パニール”ばかり。牛のパニール、水牛のパニール、山羊のパニール……と素材の味がくっきりとし、たいへん美味しいのですが、ヨーロッパの熟成タイプに慣れると、もの足りない。しかし、前回述べたとおり、インドには7000年におよぶ酪農の歴史がある。その間には熟成タイプのチーズを作っていた時期もあったようです。
ヴェーダ文献における発酵チーズの名は“ダダンヴァット”。エメンタールみたいに穴のあるものと、ないものがあったそうな。どんな味がしたのだろう? どのようにして作ったのだろう?
気になりますよね。製法は不明とされています。でも、推測するヒントはあります。“ダダンヴァット”という言葉そのものです。
パニール(panīr)と前述しましたが、“パニール”は中世にインドに入ったテュルク(中央アジアのトルコ族)起源のヒンディー語です。ほぼ同じもの――すなわち、沸かしたミルクに酸汁や植物の汁などを添加して固形成分を分離したものは、サンスクリットではアーミクシャー(āmikṣā)と称されます。
パニールは、お菓子や料理に供され、これ以上加工されることは、後述する若干の例外を除き、ほとんどありません。しかし、古代のアーミクシャーからは、さらに2つの方法で、保存用のチーズが作られました。
ひとつは、細長い棒状に成形して、天日で干す。このドライチーズは“クシーラ・ヤシュティカー”(kṣīra-yaṣṭikā;「乳の棒」)とよばれ、同様のものは現在のチベットやアフガニスタンでも作られています。
もうひとつは、発酵させる。ダダンヴァットは「ヨーグルト(dadhan)を有するもの(vat)」の意。おそらく、アーミクシャーをヨーグルトや塩や生薬などとともに素焼きの壺に漬けこんで、自然発酵をうながす。発酵チーズというより、「パニールの漬け物」といったほうがイメージが摑みやすいかもしれません。「豆腐の味噌漬け」に近い雰囲気もあります。
しかし、この方法でも、生のアーミクシャーにはない、発酵食独特の複雑なアロマをまとったチーズを作ることができます。そして、気温・湿度・周辺の菌などの条件がそろえば、「穴」もあいたことでしょう。なお、エメンタールチーズの穴は、乳搾りに使われるバケツの中に落ちた干し草の粒子が核となってできるそうです。
インドのような暑熱の地では、発酵の利より腐敗の害のほうが問題になることもあったのかもしれません。発酵ギーである醍醐同様、発酵チーズのダダンヴァットはインドの食卓から淘汰されてしまいました。しかし、その子孫ともいうべき保存タイプのチーズもいくつか細々と生きながらえています。
マハーラシュトラやグジャラートでつくられる“スーラト”は、パニールを塩を加えたホエーに漬けて若干熟成させた後、乾かしたものです。同様の方法でつくられる“バンダル”はクリームチーズを原料とし、味はずっと濃厚なものになります。
バングラデシュの首都ダカも乳製品で有名なところで、2週間ほどかけて水切り乾燥させた(その間に熟成が進む)パニールを、木材や牛糞で薫製にしたチーズが知られています。
ダダンヴァット dadhanvat दधन्वत्
前回はヴェーダ時代のバターオイル、sarpis(醍醐)とghṛta(ギー)を語りました。今回はチーズについて。
わたしは、いちどだけヨーロッパに行ったことがあります。ドイツ圏とスイスをちょこっとですが。チーズ好きにはたまりません。朝飯はいろんなタイプのチーズが食べ放題だし、レマン湖の畔のチーズ屋に入ったときは、鼻がとぐろを巻きそうな猛烈な臭いにうっとりとしたものでした。
ひるがえって、インドのチーズは、というと――
フレッシュタイプのカッテージチーズに類する“パニール”ばかり。牛のパニール、水牛のパニール、山羊のパニール……と素材の味がくっきりとし、たいへん美味しいのですが、ヨーロッパの熟成タイプに慣れると、もの足りない。しかし、前回述べたとおり、インドには7000年におよぶ酪農の歴史がある。その間には熟成タイプのチーズを作っていた時期もあったようです。
ヴェーダ文献における発酵チーズの名は“ダダンヴァット”。エメンタールみたいに穴のあるものと、ないものがあったそうな。どんな味がしたのだろう? どのようにして作ったのだろう?
気になりますよね。製法は不明とされています。でも、推測するヒントはあります。“ダダンヴァット”という言葉そのものです。
パニール(panīr)と前述しましたが、“パニール”は中世にインドに入ったテュルク(中央アジアのトルコ族)起源のヒンディー語です。ほぼ同じもの――すなわち、沸かしたミルクに酸汁や植物の汁などを添加して固形成分を分離したものは、サンスクリットではアーミクシャー(āmikṣā)と称されます。
パニールは、お菓子や料理に供され、これ以上加工されることは、後述する若干の例外を除き、ほとんどありません。しかし、古代のアーミクシャーからは、さらに2つの方法で、保存用のチーズが作られました。
ひとつは、細長い棒状に成形して、天日で干す。このドライチーズは“クシーラ・ヤシュティカー”(kṣīra-yaṣṭikā;「乳の棒」)とよばれ、同様のものは現在のチベットやアフガニスタンでも作られています。
もうひとつは、発酵させる。ダダンヴァットは「ヨーグルト(dadhan)を有するもの(vat)」の意。おそらく、アーミクシャーをヨーグルトや塩や生薬などとともに素焼きの壺に漬けこんで、自然発酵をうながす。発酵チーズというより、「パニールの漬け物」といったほうがイメージが摑みやすいかもしれません。「豆腐の味噌漬け」に近い雰囲気もあります。
しかし、この方法でも、生のアーミクシャーにはない、発酵食独特の複雑なアロマをまとったチーズを作ることができます。そして、気温・湿度・周辺の菌などの条件がそろえば、「穴」もあいたことでしょう。なお、エメンタールチーズの穴は、乳搾りに使われるバケツの中に落ちた干し草の粒子が核となってできるそうです。
インドのような暑熱の地では、発酵の利より腐敗の害のほうが問題になることもあったのかもしれません。発酵ギーである醍醐同様、発酵チーズのダダンヴァットはインドの食卓から淘汰されてしまいました。しかし、その子孫ともいうべき保存タイプのチーズもいくつか細々と生きながらえています。
マハーラシュトラやグジャラートでつくられる“スーラト”は、パニールを塩を加えたホエーに漬けて若干熟成させた後、乾かしたものです。同様の方法でつくられる“バンダル”はクリームチーズを原料とし、味はずっと濃厚なものになります。
バングラデシュの首都ダカも乳製品で有名なところで、2週間ほどかけて水切り乾燥させた(その間に熟成が進む)パニールを、木材や牛糞で薫製にしたチーズが知られています。
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