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バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【ちょこっとサンスクリット】サルピス sarpis 




この10年ほど、ミルクや乳製品の悪口をいうかたがいらっしゃいます。「肥満やガンやアレルギー、生活習慣病のもとだ」と。
同じものを、インド人は数千年ものあいだ、礼賛しつづけてきました。アーユルヴェーダは「ギーには、千の使い道あり(sahasra-upāya)」と謳い、仏典の『涅槃経』は、ギーと同様のバターオイルである醍醐(だいご)を、「これを服まば、一切の病は除かれん(sarva-roga-praśamaṇa)」と讃えます。
まるっきり正反対。どちらが正しいのでしょう? わたしは10年よりも数千年のほうをチョイスします。ミルクや乳製品とオサラバする気持ちはまったくないし、毒と思って食べれば毒となり、薬と思って食べれば薬になりますから。
ここではギーや醍醐のことをちょこっとお話ししましょう。

「数千年」と漠然と書きましたが、「7000年」あたりが妥当な数字かと考えています。
インド(正しくは、考古学のモデル地区であるメヘルガル遺跡)では、約7500年前にコブウシの飼育と土器の製作が始まります。ミルクを搾って溜めるにも、それを沸かし、さまざまな乳製品をつくるにも、土器の存在が大前提となる。であれば、インドでのミルクの利用は、遅くとも7000年前には始まっていた、という計算です。
そして、ミルクの利用はヴェーダ文化の大きな特徴の一つですから、ヴェーダ時代の夜明けもこのころと見てよいでしょう。
約5000年前にインダス文明がスタートします。「インダス=リグ・ヴェーダの文明」とつねづね記してきましたが、この間の2000年は、ミルクのあらゆる可能性を追求するには、じゅうぶんすぎるほどの時間でした。
ヴェーダ文献には、ヴェーダ儀礼に関連して、乳製品のことが豊富に記録されています。なかでも、もっとも重要なものが、「醍醐味」というときの醍醐。そう、仏典で「究極の美味」とうたわれる醍醐でした。前述の『涅槃経』にその製法が載っています。
「乳(kṣīra)から酪(dadhi、ヨーグルト)が、酪からは生酥(kūrcikā、クリームを含む固形分)が、生酥からは熟酥(kūrcikā-vikṛti、発酵した生酥)が、そして熟酥から醍醐(sarpis)ができる」
これは、チャーニング(攪拌)という技術が導入される以前の、バターオイルのつくりかたを説明したものです。
すなわち、ミルクを煮沸し、ヨーグルトにする。固まる間に脂肪分の多い成分が浮上するから、それを回収し、素焼きの壺などに容れてしばらく放置して、自然発酵をうながす。それをもう一度煮沸して、乳脂肪を分離させたものが、醍醐ことサルピスということになります。sarpisの語根は√sṛp(行く)。供物として祭火に注がれ、天上の神のもとに「行く」から、サルピスなのです。
ギーは、サンスクリットではグリタ(ghṛta)。√ghṛ(注ぐ)の派生語で、祭火に「注がれるもの」。ヨーグルトをチャーニングして、バターをとり、それからバターオイルを溶融させます。つまり製法としては、醍醐よりもずっと進化している。
しかし、醍醐とギーの違いは製法だけではありません。聖典ははっきりと区別しています。簡単にいえば、発酵したバターオイルが醍醐で、無発酵のものがギー。とうぜん、香りも大きく異なります。熟成タイプのチーズと、フレッシュタイプのチーズの違いです。芳醇と清純の差です。
もっとも、発酵というプロセスが加わるゆえに手間のかかる醍醐は、古代のうちに廃れ(まったく消滅したわけではない)、中世以降はギーが主流になりました。

サルピスとグリタ。製法や香りに違いはあれど、いずれも、「祭火の供物」をあらわす言葉です。
バラモンの護摩(homa)に何度か立ち会ったことがあります。ギーを入れたバケツみたいな容器をいくつも並べ、マントラを唱えて、スワーハー(svāhā)と発声するたびに、大きなオタマみたいな柄杓でジャバジャバと献供(けんぐ)します。
祭場はミルクの豊饒で馥郁たる香りにつつまれ、わたしは――
(ギーだけで、日本だったら、ン十万円するぞ)
ついつい俗っぽいことを考えてしまいます。いや、ギーは、貴重なミルクのエッセンス。最も尊いものだからこそ、神に捧げる供物となりうるのです。
「護摩の油、何使ってるの?」と、知り合いの密教の坊さんに訊いてみました。
「スーパーで売ってる一番安いサラダ油」
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