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バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ちょこっとサンスクリット語【アヤス ayas अयस्】


男ってえのは、だいたいにして刃物が大好き。ナイフとか刀とか……べつに物騒なことに使うンじゃなく、持っていたいのです。眺めていたいのです。
料理に凝れば、包丁も立派なコレクション・アイテムになる。女性は実用的であればセラミック包丁でも構わないのでしょうが、男はそういうわけにはいかない。セラミック包丁なんて、無表情で、のっぺらぼうで、色気がなく、まったくそそられない。関孫六とかゾーリンゲンだとかが欲しくなる。
鉄の鋼(はがね)の凛(りん)とした風情が、なんともクール。
そんなそそられる刃物の王者は、剣または刀でしょう。ちなみに、日本では剣と刀は区別されていませんが、中国では、真っ直ぐなのが剣で、反りのあるのが刀。サンスクリットでも、直剣はカドガ(khaḍga)で、曲刀はタラヴァーラナ(talavāraṇa)。世界のいずこにおいても剣が先に現われ、それからより実戦的な刀が普及する。
日本では「刀は武士の魂」と云いますが、これはインドも同じ。ケーララ武術のカラリパヤットでも、マニプルのタンタ、オリッサのパリカンダ、パンジャーブのガトカにとっても、タルワール(刀)は戦士のアートマンの象徴です。
それでは、インドで青銅ではない鉄の刀――正しくは剣が現れるのはいつごろでしょう? わたしは、叙事詩『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』が現在形で進行していた3000年前ごろと考えています。

「鉄」をあらわすサンスクリットは、アヤス(ayas)またはアーヤサ(āyasa)。語根は、ラーマーヤナ(rāmaとayanaの合成語)のアヤナと同じ√ i(行く)。鉱石がすぐれた状態に「行ったモノ」、つまり「精錬されたモノ」というニュアンスです。
もっとも、ヴェーダ時代は、アヤスは金属全般をさし、それぞれの金属は色にもとづいて区別されていました。銅は「赤いアヤス」(roha-ayas、またはrohita-ayas)、鉄は「黒いアヤス」(syāma-ayasまたはkṛṣṇa-ayas)。日本でも、「あかがね」(銅)、「くろがね」(鉄)といいますね。
鉄の発祥地は、BC.1500年ごろに現在のトルコあたりに王国を築いたヒッタイトとされています。天からの贈り物である隕石の鉄(隕鉄)を利用することはそれ以前からありましたが、鉄鉱石から鉄を抽出し、それを実用化したのはヒッタイトが最初で、この革新技術によってヒッタイトは強大化し、当時の超大国エジプトを脅かすまでになりました。製鉄技術は秘匿されましたが、BC.1200年ごろのヒッタイトの崩壊と引き換えに、鉄は全世界に波及したというのが定説です。
しかし、3500年前のインドに鉄はすでに存在しました。海に沈んだ都市ドワーラカーをはじめ、随所から発掘されています。後述するようなその後のインドが見せる鉄に対するすぐれた才能を考えると、インドは独力で鉄を開発したのかもしれません。
叙事詩時代のインドでは、鉄はぼちぼち普及というところでしょう。最初は武器――鏃(やじり)や槍の穂先、そして短剣や剣にも用いられたことでしょう。武器の次に農具や工具、調理器具はそのあと。インドの包丁は、農具の鎌の転用です。
2500年前のブッダの時代、マガダ国(現在のビハール)がインド最強国にのし上がりますが、それはこの地方が豊富な鉄鉱床をかかえ、いち早く鉄の大量生産に成功したからにほかなりません。ヒッタイトの繁栄と同じ図式です。そして、ゴータマ・ブッダを支援したのがそのマガダ国でしたから、仏教は鉄の賜物といえましょう。

古代インドの鉄の最大の特徴は、錆びないこと。デリーのクトゥブ・ミナールに立つ高さ7メートルの鉄柱は、造られてから1500年が経ちますが、いまだに錆を寄せつけていません。同じものを造ることは、現代の冶金技術をしても不可能とされています。時代は下りますが、13世紀建立のコナーラクのスーリヤ寺院でも、錆びない鉄が梁(はり)材として用いられています。
刀剣の材とされる鋼は、サンスクリットではチトラーヤサ(citra-āyasa;「模様のある鉄」)、ピンダーヤサ(piṇḍa-āyasa;「水玉模様のある鉄」)など。錆びることなく、日本刀に匹敵する切れ味と堅牢さと美しさを合わせもつインドの刀剣は、「ダマスカス剣」として初くから西方世界に名を馳せていましたが、この名はアラビア語のdamas(水)に由来します。梵名からもわかるように、滴のような、それが流れるような、無数の星からなる天の川のような刃紋が、インドの刀剣の特徴です。
BC.327年にインドに侵入したアレクサンドロス大王が、これをパンジャーブの太守から贈られて、子どものように喜んだ、とギリシア側の記録にあります。そりゃ男だったら、彼みたいな希代の英雄でなくても、大喜びするに決まってますって。
錆びない鉄柱やダマスカス剣を作る技術は、イスラム支配、イギリス支配が続くうちに失伝してしまいましたが、武術文献の『ダヌルヴェーダ・サンヒター』からその一端をうかがうことができます。それによると、ピッパリー(ヒハツ)、サインダヴァ(シンドゥの岩塩)、クシュタ(木香)、牝牛の尿をペーストにしたものを鉄に塗りつけて鍛えると、永遠に錆びない宝剣ができるのだとか。
う~ん、鉄を鍛えるのに、スパイスのヒハツに牛のオシッコか……その発想からして、やはりインドにしかできないことですね。
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