バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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コラム【実録マハーバーラタ】


おもしろかった、すごかった。歌舞伎の『マハーバーラタ戦記』。
東西の花道を両陣営に見立て、カウラヴァとパーンダヴァが対峙する。舞台と客席がクルクシェートラの戦場に変わる。義太夫のギーター。わっはっは。インドのグルたちに聞かせてやりたいねえ。腰ぬかすぜ、きっと。戦車が疾走する。矢が飛び交う。なんたるスペクタル。みごとなエンターテインメント。ザッツKABUKI。
10万偈頌(シュローカ)におよぶ――といってもピンときませんが、本にしたら1万ページは越えるであろう長大で複雑な物語を、菊之助演じるところの迦楼奈(かるな)と、松也の扮する阿龍樹雷(あるじゅら)の葛藤に焦点を合わせ、すっきり、わかりやすく、しかも見応えある舞台に仕立てた脚本の力がすばらしい。
あの公演で、インド叙事詩『マハーバーラタ』に興味を持たれたかたも多いことでしょう。
ヴィヤーサ作とされる『マハーバーラタ』には、4世紀に強大化するフーナ(エフタル)のことがしるされていることなどから、グプタ時代(5世紀頃)に現在にかたちになったと考えられています。
インド人は『マハーバーラタ』をそこに記されたどおりの史実だと考えていますが、もちろんそんなことはありません。かといって、まったくのフィクションというわけでもない。
おそらくは、BC.1000年頃に実際に起きた同族間の戦争をうたった素朴なバラッドが、千数百年もの時間を雪ダルマのごとく転げおちるうちに、他の伝承を巻きこみ、吟遊詩人たちの想像力のマサラ(風味づけ)をたっぷりと効かせられ、大きく大きく身を肥らせていったのです。
では、物語から贅肉をはぎとり、史実としての芯の部分だけを残すと、どのようなものになるのでしょうか。考古学資料を中心に検証してみましょう。

『マハーバーラタ』の最後の方で、阿龍樹雷、いやアルジュナの盟友であったクリシュナの都ドワーラカーが地震と津波に襲われて海に沈みます。クリシュナはともかく、海港都市ドワーラカーが実在し、ほんとうに海に沈んだことが、1990年前後に行なわれた考古学調査で明らかになりました。
http://itotakeshi.blog33.fc2.com/blog-entry-38.html
インダス文明は、BC.2000年頃から衰退し、BC.1700年までにはほとんど消滅してしまいますが、ドワーラカーはBC.1500年まで生き延びた最後のインダス都市でした。
そして、そのころまでにインダス文明時代、つまりリグ・ヴェーダ時代はインダス-サラスワティー流域に住んでいたバラタ族(バーラタ☞「ちょこっとサンスクリット」参照)が、ヤムナーとガンガーの上流域に定着しました。泥や日干煉瓦で家をつくり、稲作をいとなみ、道具の種類も多くなり、鉄の武器も出現します。
各地に、農園を基盤とした大きな邑(むら)ができます。そして、バラタ族以外のクシャトリヤ階級も台頭し、群雄が割拠する。日本の平安時代に、荘園と、それを守る武士階級が出現するのと似ています。「叙事詩時代」の始まりです。それは同時に、王たちが哲学においてバラモン衆をしばしば圧倒する「ウパニシャッド時代」の幕開けでもありました。
やがて、バラタ族は、他の王族を統べ、BC.1100年頃にインダス滅亡以来はじめての都市、ハスティナープラを築きます。ハスティナープラとは「象の都城」の意。ガンガーの右岸で、菊之助が迦楼奈のメイクをしてスチール写真を撮ったハリドワールを少し下ったところ――そう、『マハーバーラタ戦記』にいう「象の国」はここです。
バラタ王家は2つに分裂する。一方がハスティナープラからの追放されたことは、ウパニシャッドにもしるされているから史実でしょう。
ハスティナープラから少し遅れて、ヤムナーの右岸にインドラプラスタという都市が築かれます。現在のデリーの、プラーナ・キラ(古城)や動物園、フマユーン廟があるあたりです。追放された人々が造ったかどうかは定かではありませんが、出土物からハスティナープラと同一の物質文化(土器の特徴から「彩文灰色土器文化」と称される)を営んでいたことがうかがえる。つまり、バラタ族と同族であるということです。
そして、デリー北方の平野、クルクシェートラ(現在も同じ地名)で、両勢力が激突する「天下分け目の決戦」。『マハーバーラタ』には、何百万もの戦士が殺しあう世にも恐ろしい戦争であった、とありますが、どのような規模の戦闘であったかはわかりません。せいぜい千人単位の小規模な武力衝突だったのかもしれません。
物語ではその後、クリシュナが死に、彼の都ドワーラカーも海に沈み、戦争に勝利したパーンダヴァも世をはかなみ、神々の座をめざしてヒマラヤに登る途中に遭難死をとげる……のですが、ドワーラカーが沈むのは、考古学によればその500年も昔であったことは先述したとおりです。
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