バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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伊藤武ちょこっとサンスクリット【プスタカーラヤ pustakālaya पुस्तकालय】

伊藤武ちょこっとサンスクリット【プスタカーラヤ pustakālaya पुस्तकालय】

わたしの住んでいる町では、書店も古本屋も文房具店も絶滅してしまいました。イラスト用のケント紙やペン先も、電車に乗って遠くまで買いに行かねばなりません。時代の趨勢(すうせい)なのでしょうが、もの書きとしては寂しいかぎり……。
しかし、幸いなことに図書館は充実しています。紙の書物がぎっしり詰まった背の高い棚のあいだを歩くときは、いつもワクワクします。さあ、今日はいったいどんな本と、どんな知識と出会えるのだろうと。

さて、「図書館」をあらわす梵語はプスタカーラヤ。pustaka(本、書物、原稿)とālaya(倉庫)の合成語です。プスタカ・サングラハ(-saṃgraha)、プスタカ・バーンダーラ(-bhāṇḍāra)も同義。智慧の女神サラスワティー(Sarasvatī)にあやかった、“サラスワティー・バーンダーラ”という素敵な呼び方もあります。
初期のバラモンたちは文字を使って聖典を残すことを嫌ったため、ヴェーダ時代には書物というべきものはありませんでした。ウパニシャッドをふくむ膨大な量のヴェーダ文献も、パーニニ文典も、すべて丸暗記されたのです。
文字を使って聖典を書写することを始めたのは、じつはスリランカの仏教徒たちでした。BC.25年、貴重な知識が散逸しないようにと、それまで口誦で伝えられてきた仏典(パーリ語三蔵経のすべてとシンハリ語註釈)が、ヤシの葉に、文字で書きしるされるようになったのです。
インドの仏教徒もこれに倣い、バラモンたちもやがて文書をしたためるようになります。
いったん文書がつくられるようになると、堰(せき)を切ったように大量の書物が出まわるようになりました。なにせ、それまでに蓄えてきた知識の量じたいが巨大でしたから。
もちろん印刷技術はまだありません。手で書き写す、いわゆる写本です。そのため、書写をもっぱらとするカーヤスタ(kāyastha)という新しいジャーティ(職業)が生まれました。カーヤスタは職人ですからカーストはシュードラですが、神聖なサンスクリットや聖典を扱うためバラモンに準ずる、という奇妙な地位にあります。かれらは、挿し絵を入れる必要上、絵も描きます。
カーヤスタ出身の有名な宗教家は多い。後期密教の代表的な成就者の一人で、ゴーラクシャのライバルとされたクリシュナチャーリン(カンハ)や、近代ではヴィヴェーカーナンダがそうです。ヨーガーナンダもたしかカーヤスタだったと思います。
それはともかく、寺院や僧院は、書物を蒐集し、図書館の充実をはかるようになります。わたしは、コナーラクのバラモン僧院で、図書館とまではいえなくても、大きな書庫を目撃したことがあります。書棚には、おびただしい数の古文書が積まれ、堆積した時間がかもし出す饐(す)えたようなにおいが漂っていました。
「ここには数千年来の知識が詰まっている。失われたとされる書物もある」と見せてくれた院主。
「だが、見つかったら、政府の学者に取りあげられてしまうから、ナイショにしておいてくれ」
とクギを刺されてしまいした。

インド史上もっとも有名な図書館は、ナーランダー仏教大学にあった“ラトナボーディ”(Ratna-bodhi:「智の宝庫」)でしょう。7世紀前半にここに留学した玄奘(『西遊記』
の三蔵法師のモデル)は「9階建てであった」と証言しています。
この大学では、仏教だけにとどまらず、ヴェーダ、ウパニシャッド、サーンキヤ、自然科学(ヴァイシェーシカ)、論理学(ニヤーヤ)——これらは重要科目——を含む学問や、文学、芸術、天文学、医学(アーユルヴェーダ)、錬金術(ラサーヤナ)、さらには武術(ダヌルヴェーダ)さえも研究されていました。医学はたいへん勝れ、外科もよく開発されていました。図書館には、それらの書と膨大な数の処方が山と積まれていたのです。
しかし、1193年、ナーランダーはイスラム軍の侵略を受けます。気の遠くなるような年月をかけて築き上げられた知識の都は、わずか数時間で灰燼に帰してしまいました。
伝説によると、破壊者バフティヤール・ハルジーは、ナーランダーが炎上する間、哄笑しつづけました。2001年にバーミヤーンの大仏を爆破したタリバーンがそうであったように、「アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)」と喚(おめ)きながら。何人かの僧が、ハルジーの足もとに身を投げ出し、
「この世界に名高きラトナボーディ図書館だけは破壊しないでください」
と請うた、ということです。ハルジーは僧侶を蹴り、炎のなかに書物とともに投げこみました。
僧は外国へ逃れ、市民は野蛮人になり、ナーランダーは悲しい記憶となってしまいました。
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