バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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伊藤武ちょこっとサンスクリット【マディヤ madya मद्य】


今日とは異なり、古代のインドはお酒に寛大だったようです。アーユルヴェーダのチャラカ先生も、
「酒は、理にかなった飲み方をすれぱ、甘露のごとく有益になろう」
と酒好きには嬉しいことをおっしゃい(理にかなった飲み方——というのが難関)、当時つくられていた84種類の酒とその効用を説かれておられる。
そこで、今回はサンスクリットの酒のあれこれ。古代文献にはいろいろな酒が出てきますが、訳書では全部「アルコールの一種」で片づけられる。それではつまんないですからね。

日本では、日本酒も、ビールも、ワインも、焼酎も、ブランデーも、ウイスキーも、ラムも……全部「さけ」ですが、これに相当するお酒の総称はマディヤ(madya)。語源は、以前述べた「魚」のmatsyaと同じ√mad(酔う/喜ぶ/狂う)。「酔わせるもの、喜ばせるもの、狂わせるもの」——酒の真実を語っています。
この“マディヤ”を化学的に定義すれば、「液体中の糖分が酵母の作用によって、アルコールに変化したもの」。はやい話、砂糖水にパン用のドライイーストを放りこむだけで、アルコールに変わります。
インド文明最初のリグ・ヴェーダ時代に飲まれた酒は、ターリー(tālī)とスラー(surā)。
ターリーは、ナツメ椰子(tāla)の樹液が発酵したもの。糖分をたっぷり含んだヤシ類の樹液は、壺に容れておくだけで、天然酵母の力で、勝手に酒になってくれます。tālīは英語化してtoddyとなり、今日のインドでも椰子酒は、トリー、タディーなどとこの系統の言葉で呼ばれています。
スラーは穀物をかもしたドブロク。リグ・ヴェーダの舞台はインダス文明圏と重なる西北インドで、主食は大麦(yava)。スラーも大麦からつくられました。
穀物から酒をつくるには、デンプンをいったん糖化しなければなりません。大麦の場合は、そのモヤシ(麦芽、モルト;梵tokma)が糖化剤となります。
ヴェーダ語を話す人びとは、インダス流域から稲作に適したガンジス方面に進出します。かれらは米からもドブロクをつくるようになり、後にこれがスラーの主流となります。米のスラーは、はじめは大麦のそれと同じく米のモヤシを用いて糖化させていましたが、やがて麹(こうじ;梵kinva)が発明され、より強くて美味しいスラーが作られるようになります。くわしくは、http://itotakeshi.blog33.fc2.com/blog-entry-110.html
ちなみに、現代サンスクリットでは、ビールは“ヤヴァスラー”(yava-surā;大麦酒)と称されます。
また、古代にはマンゴーからも酒が作られました。この、正しくはスラー(穀物酒)ではないのですが、“マハースラー”(mahāsurā;偉大なる酒)と呼ばれたマンゴーワインは、現代インドでよみがえっています。甘味は消え、香りのいい、すっきりとした、ちょっとお奨めのお酒です。
糖分がアルコールになるわけですから、当然サトウキビの汁からも酒が醸されます。生の搾り汁から作ったものは文字どおりシータラサ(śīta-rasa;冷たい汁)、煮沸した汁から製したものはパクヴァラサ(pakva-rasa;沸かした汁)と称されました。
煮沸していないハチミツは天然酵母のかたまりですから、水で薄めるだけで酒になります。日本でふつうに売ってる煮沸したハチミツも、3倍量の水で薄めて、ドライイーストを混ぜれば同じようなものになります。いわゆるミードですが、サンスクリットではマドゥワーサヴァ(madhu-āsava;蜜酒)と称されます。
サトウキビの汁、またはハチミツをベースにして、アーユルヴェーダ薬剤のメーシャシュリンギー(ギムネマ)、コショウ、ヒハツ、トリパラーなどを投入しますと、マイレーヤ(maireya;雑酒)と呼ばれるものになります。ギムネマはいうまでもなく糖尿病や肝臓病の特効薬ですが、古代の醸造レシピにはひんぱんに登場する。たしかに、呑んべいも、ギムネマ酒であれば、糖尿や肝臓の心配をしないですむ(?)。
ブドウからつくったワインは、ドラークシャラサ(drākṣa-rasa;葡萄酒)と称され、古代にはインドの一部であったアフガニスタンでつくられましたが、金持ちはローマ帝国から輸入したワインを好んだようです。ブドウのワインも、最近のインドではいいものが作られるようになりましたね。
蒸留酒は、遅くても西暦紀元前後には飲まれていたようで、ガンダーラ(今日のパキスタン北西部)の仏教遺跡からは、仏像に混ざって多くの蒸留器が出土しています。

酒の話はキリがないので、このへんで止めておきましょう。
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  • 2017.03/19 17:21分 
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