バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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伊藤武コラム【バリの音】


しばらくバリ島に遊び、帰国してまっ先にとびこんできたニュースが、ムッシュかまやつこと釜萢弘(かまやつひろし)さん死去の知らせ。ああ、昨年のモハメド・アリにつづき、わたしの小学生時代以来のアイドルが、またひとり逝ってしまいました。
ムッシュかまやつは、1960年代に人気を博したグループサウンズ、スパイダースの中心メンバー。田辺昭知、堺正章、井上順、加藤充、大野克夫、井上孝之といったそうそうたるメンバーをそろえたスパイダースは、グループサウンズのなかでも演奏力にすぐれ、オリジナル曲で勝負できた唯一のバンドでしたが、
それらの楽曲のほとんどを手がけたのがムッシュでした。彼がいなければ、その後のジャパンポップスも大きく違ったものになっていたでしょう。
わたしがバリ島を知ったのも、スパイダースを介してでした。かれらは1967年に『バリ島珍道中』という映画を発表しています。
考えてみれば、当時小学生だったわたしも今年で還暦ですから、それだけ時間がたっているということですね。
ムッシュかまやつ……かっこいいジジイの、ご冥福をお祈りします。

バリの今回の宿は、家寺(いえでら)を建立中で、建築作業と並行してマンクー(祈祷師)によるプージャーがなされていました。その間、ずっとバジュラが鳴らされています。
バジュラ、梵語ではヴァジュラ。本来は金剛杵ですが、こんにちのバリでは、柄に金剛杵同様の爪(つめ)のついたガンター(鈴)をして、そう呼んでいるようです。
金剛杵と鈴のセットは仏教タントラのシンボル。杵は男性原理(方便)を、鈴は女性原理(智慧)を象徴します。
バリの宗教はシヴァ教(聖典シヴァ派)と仏教(金剛乗)が混淆した密教ですが、法具は、金剛杵のほうは忘れられ、鈴のみが用いられます。しかも、鈴は、インドのプージャーではときおり、チリン、と鳴らされるていどですが、バリでは振りつづけられます。リンリンリンリンリン……と。
どうして、そうなってしまったのだろうか? ずっと考えていたのですが、
——あ、ガムランの音だ!
ふと思ったことでした。
ガムランは、青銅の打楽器で構成されるオーケストラ。この形態の音楽はインドには見られません。そして、ガムランの原形となるのは、青銅のドラムです。
3千年近く前、中国大陸の南部の長江流域で、水田稲作と呪物としての銅鼓(どうこ;青銅のドラム)をセットにした文化が生まれました。それが最初に発見されたベトナムの地名をとって「ドンソン文化」とよばれる金属文化です。
2千数百年前、ドンソン文化の担い手たちは、北の漢族の膨張に圧迫され、南下を始めました。のちに「マレー人」として括られる人びとは、中国大陸からインドシナ、マレー半島、さらにインドネシアの島々——スマトラやジャワを経て、バリにたどりつきました。
いっぽうで、東の海にのがれた人びともいました。弥生人です。弥生文化の遺跡から出土する夥しい数の銅鐸(どうたく)は、ひろくアジアを見渡せば、銅鼓の変形にほかなりません。
銅鼓も銅鐸も、はじめは田んぼの稲霊(いなだま)や死者の霊をなぐさめるために鳴らされたのでしょう。日本の銅鐸は、仏教が伝えられると、お寺の和尚さんが鳴らす梵鐘(ぼんしょう)に姿を変えます。
バリの銅鼓は、ヒンドゥー教や仏教が伝えられると、神仏に祈りを捧げるためのガムランへと発展していきます。ペジェンのお寺には、BC.3世紀ごろに造られた直径180センチの巨大な銅鼓が祀られており、ガムラン職人の聖地になっています。
同じリズムやメロディーをなんどもくり返して演奏することによって、聞く者を催眠的な、一種の瞑想状態にいたらしめるガムラン音楽。
マンクーが鳴らすバジュラ(鈴)は、小さなガムランといえるでしょう。
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