バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ラクシュミー Lakṣmī लक्ष्मी

【ラクシュミー Lakṣmī लक्ष्मी】

明けましておめでとう——と、新年を迎えるにあたって、インド人であれば、吉祥の女神ラクシュミーをお迎えする準備をします。
インドの元旦は州によって異なりますが、ここでいう新年は、秋のディーワーリー祭(梵Dīpāvalī;「灯明の列」の意)。
草ぶきの土の家に住む人も、見上げるような宮殿に暮らす人も、一様に、その日の夜の闇を、祭りの名の元となったオイル・ランプ(最近はエレクトリック・ランプ)の列で飾って。
光明は暗黒に対する勝利。「吉祥のしるし」として最も適したものでしょう。
また、ラクシュミーの依り代として、金持ちは豪華な彫像や絵画を、庶民はキッチュなフィギアやブロマイドや用意して。
ラクシュミーは、すべての人びとの幸(さち)を願い、福を望む気持ちのなかに住んでいます。そうした意味で、世界各地で出土する旧石器時代の乳と尻のでかい女の偶像は、“ラクシュミー”のすがたを写した「吉祥のしるし」にほかなりません。

ラクシュミー(Lakṣmī)は√ lak(獲得する)ないしは√ lakṣ(特徴づける)に派生。lakṣ は英語の luxury
やデラックスの luxe と同語源。すなわち、「富を獲得する女」にして、「光かがやく」ことによって特徴づけられた「豪華な女神」がラクシュミーです。○○○
デラックスというかたがいらっしゃいますが、イメージの参考にはならないかもしれません。
とまれ、彼女は、すべての好(よ)きこと——富と美、幸運と繁栄の、ヨーギンにとっては解脱の象徴です。
“ラクシュミー”の語の初出は、インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』。だが、そこでのラクシュミーは、まさに「吉祥のしるし」の意であって、特定の神格を表わすものではありません。『リグ・ヴェーダ』の舞台が、インダス文明圏とぴったりと重なる現在のパキスタンや西北インドであったこともつけ加えておきましょう。麦とミルクを糧とする文化です。
しかし、同じ『リグ・ヴェーダ』に、シュリー(Śrī;同じく「吉祥」の意)という名の女神のことが唱われています。シュリーは、東方の、稲作地帯出身の女神かと思われます。おそらくは、稲霊(いなだま)をルーツとする吉祥女神でしょう。
また、『リグ・ヴェーダ』は、先史的なでかい乳と尻で表現するにふさわしい大地の女神(Mahimātā)のこともしたためています。
ヴェーダ後期には、「吉祥のしるし」である“ラクシュミー”も擬人化され、シュリーや地母神と習合してゆきます。
そして、一目でラクシュミーとわかる図像表現が現われるのは、BC.3〜BC.2世紀のこと。彼女の相——手に蓮華をとり、巨乳をし、蓮華に囲まれ、象に支えられるという美しいイメージが最初に現われるのは、サーンチーとバールフトの仏教のモニュメントを彩るレリーフでした。日本では、よく、
「吉祥天(ラクシュミー)は、もとはヒンドゥー教の女神である」
といわれますが、彼女が最初にすがたを現わしたのは、じつは仏教のお寺だった、というのも面白いですね。
これらが紀元前の作品であることも、特筆しておくべきでしょう。シヴァやクリシュナやサラスワティーといったヒンドゥーの神々の図像表現が固まるのは、紀元後数世紀してからのことですから。ラクシュミーは、相(すがた)を得た最初の神格なのです。
人びとは、なによりも強力な「吉祥のしるし」を求めていた。その答えが、あの「蓮華の女神」だった、というわけです。

さて、日本で正月を迎える「吉祥のしるし」といえば、門松やしめ飾りや鏡餅といったところでしょうか。まあ、わたしとしては、
超べっぴんで、手から金貨を噴出する彼女のおすがたを描いて、(来年こそは強制連行してでも)お迎えしたい、と考えていますが。
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