バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ロマンチックな塩

【ロマンチックな塩】

先日、友人からピンク色をした美しい塩をいただきました。パキスタンのピンク岩塩——医書の『チャラカ本集』で「最高の塩」と讃えられている“サインダヴァ”がこれ——ではありません。日本の塩、広島の藻塩(もしお)です。百人一首の、
「来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」
なんて恋の歌にも詠まれる藻塩って、どんな塩なのだろう? ずっと思っていたのです。
さても、料理の味の決め手は塩。塩が素材の味を引き出します。うま味を凝縮します。インド料理のスパイスも、塩がなければ風味が立ちません。
塩といえば、NaClなんていう野暮な記号が反射的に思い浮かびます。けれども、純粋な、あるいは化学的な塩化ナトリウムは、塩辛いだけで、味気がない。味は、海の塩では重量の30%を占める不純物であるニガリ——ミネラルほかさまざまな微量成分が受け持っています。たとえば、カルシウムには甘味が、カリウムには酸味が、マグネシウムには苦みが含まれています。
ピンクの塩には、どんな不純物が含まれているのだろう?
世界中に、その土地土地ではぐくまれた、自慢の塩があります。そうした塩は、不純物の配合が全部ちがう。岩塩ももとは海の塩であったから同じこと。ガンダーラをおもな活躍の場としたチャラカ先生が「サインダヴァ(シンドゥ産の岩塩)が最高」とおっしゃるのも、彼が今でいうとパキスタン人に当たるからかもしれません。
そして、その不純物はまぎれもなく、その地の料理の一部。外国に行くと、塩をみやげに求めることが多くなりました。
日本にもすばらしい塩がたくさんあります。沖縄の粟国のマース(塩)、三重の岩戸の塩、石川の能登のしお……。しかし、それらの塩が、最近になって復活したものであったことに思いあたりました。日本政府は、20世紀の最後の30年間、伝統的な塩作りを法律で禁止していたのですから。

1971年、「塩業近代化臨時措置法」(塩専売法)が成立し、日本では海水から直接塩を採ることが禁止されました。外国から輸入した塩を水に溶いて、電気分解し、NaClを分離させるイオン交換膜製塩以外の塩はご法度(はっと)になりました。違反者は、もちろん罰せられます。
塩は、料理に使われるものと思いがちですが、じつは80%が工業用です。医薬品、石けん、皮革製品のなめし、ガラス、鏡、合成繊維などに大量に使われています。そこで、産業界から、塩の原価をもっと安くしろ、という要求があがりました。
塩を専売制にすることで税収を上げられると考えた政府は、一石二鳥とばかり、それに乗りました。塩の安定供給と価格の高騰防止という名目で、NaCl以外の塩を作ることを禁止したのです。
塩専売法は1997年に廃止されますが、塩の製造販売が自由化するには、さらに5年を要しました。

藻塩は、紀元前から、おそらく縄文時代から作られていた日本最古の塩。初期には、海藻を焼いた灰をそのまま食用にした、と考えられています。のちに何らかの処置をしたカン水(濃い塩水)を土器で煮詰める方法に変わります。
現代の藻塩は、ネットで調べてみると、塩専売法時代に産声を上げました。これが伝統的な塩かというと、ちょっとちがう。なにせ、藻塩が作られていたのは古代の平安初期(空海の生きたころ)までのことで、以後絶えていたのですから。
1984年、広島の考古学研究家、故松浦宣秀氏は古墳時代の製塩土器を発見し、藻塩の復元を思い立ちます。しかし、古代の製塩法はとっくの昔に失伝している。松浦氏を中心に「藻塩の会」が発足し、研究が始まりました。
古代、瀬戸内の製塩が風物詩であったらしく、万葉集にも「藻塩」が多く詠みこまれています。松浦氏は、千年以上も前の歌を手がかりに、10年以上の歳月をかけて、藻塩の製法をついに確立します。
それは、「玉藻」(玉のついた藻、すなわちホンダワラ)を海水に浸けては乾燥させることをくり返して塩分濃度を高めたカン水をつくり、土器で煮詰めて塩を採るというものでした。
藻塩のピンクは、不純物は、ホンダワラのそれだったのです。それにしても、万葉の歌からつくられたなんて、なんとロマンチックな塩でしょう。製塩禁止時代のただ中にあって、松浦氏の藻塩づくりにかけた情熱もまた。

味もロマンチック。やはり魚介との相性は抜群なのですが、とくに同じ広島のカキなんて最高。
ナベの、さっとゆでたカキに、藻塩と柑橘の汁をひとたらし。ピンクの塩がカキをやわらかく包み、醤油では塗りつぶされてしまう繊細な味を、けっして邪魔することなく、絶妙に引き出してくれます。
日本人としてのDNAの記憶まで抽き出されてしまいそうな塩……。
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