バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【ゴービージャ gobīja गोबीज】伊藤武ちょこっとサンスクリット


日本語になったサンスクリットは多々あります。「あばたもえくぼ」のあばたもそのひとつ。
漢字で「痘痕」と書くあばたは、すなわち天然痘の痕。この、かつて世界中で猛威をふるった伝染病は、全身に腫瘍ができ、たとえ治ったとしても、顔などに大きく凹んだ瘢痕(はんこん)が残る。でも、好きな女の瘢痕(あばた)であればチャーミングな笑窪(えくぼ)に見える、という恋のマジックをあらわした言葉が「あばたもえくぼ」。
「あばた」は、「腫れ / 腫瘍」を意味するサンスクリットのアルブダ(arbuda)に由来します。また仏典には、同名の絶対零度の地獄のことがしるされています。
その地獄に落ちた者は、極寒のために全身がただれて、アルブダ(あばた)を生ずるのだそうな。

さて、今回表題にえらんだゴービージャ(gobīja)。goは牛、bījaは種。「牛の種」ですが、この場合は、「牛から作られた天然痘(Śītalā)の種」をさします。これを、人体に予防接種する(gobījaṃ niviś)のが「種痘」。
種痘は、アーユルヴェーダでは、古代から行なわれてきました。インド伝統の種痘は19世紀初頭に大英帝国によって禁じられるのですが、その英国に詳細な記録が残っています。それによると——

種痘(英語の表記はTikah)は、古代の名医ダヌワンタリによって発明された。彼は、夢のなかで神に教えられたというこの手術によって、たいへん尊ばれている……
種痘はインド中で行なわれている。バラモン医師が数人のチームをつくり、村々をめぐって種痘をほどこすのだ……
接種を受ける者は、食事にも気をつけねばならならない。特に魚、ミルク、ギーを避ける。接種後に生じる熱を悪化させるからだ……
医師団は、家から家へと訪ね、戸口で接種をする。接種を拒絶する者がなきように、その効果を保証する。「子どもに種痘をするのと、醜い痘痕が残るのとどちらを選ぶ?」と親を恫喝することも珍しくはない……
かれらは前腕に鋭い鉄製の針を刺し、前年に接種を受けた牛から準備された「種」を植える。目的は、軽い症状とはいえ疾病そのものを引き起こすことである。症状が去ると、人は生涯天然痘に対して免疫を得る……
バラモンにはこの手術にかんする独自の理論がある。かれらは、空気中には目に見えぬ微細な虫が充満している、と信じているのだ。
そして、それらを、有害なものと、そうではないもの、に二分する。そして、バラモンは、接種によって、この疾病の直接原因を駆逐することができる、と確信している……

すこし補足すると、インド種痘の英語表記Tikahは、ヒンディー語のtīkhā、またはその元になったサンスクリットのtīkṣaṇaに由来するものと思われます。「先の尖った/鋭い」などの意で、種痘そのものよりも、それに使う器具をさしているようです。
「目に見えぬ微細な虫」のことは、アーユルヴェーダ文献や仏典にも、クリミ(kṛmi)という言葉で出てきます。クリミは、昆虫ほか、寄生虫や微細な蟲(むし)全般をさす語。おそらく、ばい菌やバクテリアやウィルスも含まれているのでしょう。『ヨーガ・スートラ』によると、「分別なき微細なものに対する三昧」(nirvicārā)に修熟すると、心はかような電子顕微鏡でも用いなければ見えないものまでをも映しだすそうです。
18世紀後半、大英帝国の王立学会特別研究員のグループはインドの種痘を研究します。1794年、英国の医師ジェンナーが「独自に」種痘を発明すると、植民地政府はインド伝統の種痘を「非人道的」として弾圧するのでした。
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