バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【マツィヤ matsya मत्स्य】伊藤武ちょこっとサンスクリット



最近、おサカナがやけに高い。某国が日本近海を荒らしてせいでしょうか?
もともとあまり縁のなかったマグロやタイやヒラメなどの高級魚は別にしても、サンマやマイカ(スルメイカ)は、毎年100円ぐらいで買っていたのに、今年は倍の値段で、量も少ない。アンチョビの原料にするカタクチイワシもほとんど出まわりません。困ったものです。
ところで、魚を「サカナ」とよぶのは、酒菜(さかな)、つまり酒の肴(さかな)に由来する近世あたりから始まった比較的新しい日本語であることは周知のことと思います。それまで魚は、「ウオ」または「イオ」がふつうでした。

じつは、サンスクリットの魚、マツィヤ(matsya)も、サカナと同じような言葉なのです。√mad(酔う/狂う——英語のmadも同語源)が語根で、「酔わせるもの=酒の肴」が原意。
ちなみに、肉はマーンサ(māṃsa)。√man(礼拝する)+sa(神)で「神への捧げもの=イケニエ」の意。5000〜3000年前のヴェーダ文化の大黒柱は牧畜で、祭祀のさいも家畜の牛・馬・山羊・羊が四大犠牲獣として神に捧げられました。犠牲獣は屠られたのち食されましたが、ヴェーダの民にとって家畜はたいせつな資本ですから、そうそう食べるわけにはいかない。
ふだんのタンパク質は、乳製品、そして魚介類でまかなわれていました。豆類が大量に利用されるようになるのは、もっと後の時代です。
インダス文明(わたしは、リグ・ヴェーダ時代=インダス文明と考えています)では、インダス水系とアラビア海での漁業が、思いのほか盛んでした。
遺跡の発掘から、金属製の釣針、錘(おもり)、網と思われるものも多く発見されました。そして、かれらが前述の家畜にくわえ、豚、ニワトリなどのほかに、魚やカメや貝などを食料としていたことがわかります。これらの鳥獣の骨とともに魚の骨や貝殻が、しばしば調理した状態で、住居の内部や周囲、墓の供物のなかから見つかっているのです。
また、薬用にでもしたのでしょうか、イカの甲もまとまって出土しました。
調理法としては、日に干す、火であぶる、石板で焼く、煮る、バナナなど葉につつんで燠(おき)に埋め蒸し焼きする……などは現在と大して変わりませんが、魚醤(ぎょしょう)の類いもつくられていたようで、ヴェーダ文献には「臭くした魚の汁」(mīnāmrīṇa,
matsyaghaṇṭaなど)といった表現も出てまいります。スパイスは、確実なところでは、ショウガ、ニンニク、マスタード、ターメリック(ただし生に限られ、ドライはまだない)などが用いられていました。
そうしたマツィヤ料理は、ナツメヤシの樹液や大麦からつくった酒の、かっこうの肴にされていたのでしょうね。

ヴェーダ時代に魚が好まれていたことを裏づけるように、サンスクリットの魚の種類をあらわす語彙は、じつに豊富です。しかし、残念なことに、いつしか魚がベンガルやオリッサを除くバラモン衆から不浄視されるようになり、それがどんな魚であるか、いまではほとんどわかりません。サンスクリットの辞書には、「魚の一種」としかありません。
そうした傾向は、約2000年前のアーユルヴェーダの大学者、チャラカの時代にはすでに進行中でした。チャラカ先生によると、
「魚のなかではローヒタ(rohita)がもっとも優れ、チリチマ(cilicima)がもっとも無益である」
ローヒタがどんな魚か先生は語っていませんが、コイとみて間違いない。現在のヒンディー語やベンガル語でも同系の言葉で、コイをよんでいるからです。
チリチマには説明があります。「鱗があり、赤い目をして、全身に赤い縞模様が走り、コイのかたちをして、主として陸(おか)を動きまわる魚」。しかし、そんな魚いませんって。チャラカ先生からして、デタラメをおっしゃっています。最古の梵梵辞典『アマラ・コーシャ』によると、
「チリチマは、チェーラチーマ(celacīma)の訛り。凄いスピードで泳ぐ魚」
とのこと。チェーラはケーララの古名。チーマはマツィヤがひっくり返った言葉で魚。つまり、「ケーララの魚」で「凄いスピードで泳ぐ」となると、これはカツオと考えて問題ないでしょう。
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