バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ムランカー Laṅkā लङ्का 【伊藤武ちょこっとサンスクリット】



「考えるのではない、感じとるのだ!」
ブルース・リーの『燃えよドラゴン』のオープニングシーン。上空を指さし、小坊主にそう説教する少林武術の達人李(り)。「それが月への道をさし示す指となる」
小僧が彼の指を見つめると、李は小僧の頭を、ペシッ、とひっぱたいて、
「指ではない。指先の向こうにあるもの、それに意識を集中しなければ、月——われわれの目ざす栄光には、とうてい行きつくことができないのだ!」
こう書くだけで、筆者の耳には、
♪チャ〜チャチャン、ワオ!
と、映画の主題曲がひびいてくるのですが、じつはこのブルースの言葉は、「指月の喩」(しげつのゆ)といいまして、中国禅宗最初期の根本経典『楞伽経』(りょうがきょう)からの採ったものなのです。
指というのは、ヒンドゥー教や仏教のさまざまな哲学。月が象徴するのは、インド哲学の目標である解脱、あるいは完全なる智慧。そして、指を見るのではなく、指がさし示す月に眼を据えよ、ということ。
『楞伽経』のサンスクリット名は『ランカー・アヴァターラ・スートラ』(Laṅkā-avatāra-sūtra)。ブッダが、ランカーの大王ラーヴァナの招きに応じて、かの地に化現(アヴァターラ)し、彼のために説法した、というユニークな設定の、4世紀ごろに成立した経典です。ラーヴァナとは、『ラーマーヤナ』の悪役の、あのラーヴァナにほかなりません。
そしてランカーといえば「島」の意であり、特にスリランカをさす言葉とされていますが、注釈書によると、どうもそうではないらしい。南インドの何処かにある高くて峻険な「山」——ということです。
そもそも、ランカーの語源が不明。サンスクリットの辞書には、√lak(味わう/獲得する)に派生する語とありますが、これがどうしてランカーになったかがわからない。じっさいは非サンスクリット語、たとえばゴーンド語のlakka(聖地)に由来するとも考えられています。
5世紀成立のスリランカの史書『マハーヴァンサ』に“シュリーランカー”(聖なるランカー)という言葉があらわれ、そのころまでに、ランカー=スリランカに固定されたようです。

しかし、サンスクリット文献にシュリーランカーという語が現われることはありません。スリランカは通常、「獅子の国」を意味するシンハラ(Siṃhala)。インドのライオンを父にもつ王子の一行がこの島にやって来て、先住の羅刹(らせつ)を征服した、という建国神話に由来します。シンハラは地名ですが、そこに住む人々をも表わす言葉になりました。
このシンハラを、アラビア人がサラン(Salan)と訛り、ポルトガル人がセイラーン(Ceilan)と呼び、英語地名のセイロン(Ceylon )が生じます。
スリランカは、1948年の独立当時は「セイロン共和国」と称していましたが、1972年にシュリーランカーに由来する現名に改称されました。

ついでに(といっては失礼だが)、モルディブ(Maldives)。これは、サンスクリットのマーラー・ドウィーパ(Mālā-dvīpa)の訛り。「花輪の島」の意で、珊瑚礁の島々が花輪(マーラー)のごとく連なっていることに由来します。古代には仏教が盛んで、ストゥーパなどの遺跡も数多く残されていますが、12世紀にイスラムに改宗しました。
豊かなスリランカと異なり、農業のできない小さな島々ですから、古代から産業といえば、これだけはふんだんに獲れるカツオを使ってのワローマス(いわゆるモルディブ・フィッシュ)作りくらいしかない。カビつけはしていないが、薫製まで行なった立派な鰹節です。これをスリランカに売って、かわりに米やスパイスを輸入した。この関係は現在に到っています。
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