バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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スーパ sūpa सूप【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



「カレーは、サンスクリットで何というのですか?」
と、某ヨーガ団体の招きで来日されたデリー大学のサンスクリット教授、アニル・ヴィディヤンカール博士にうかがったことがあります。
「カリー(curry)は英語じゃ、それに相当するサンスクリットはない」と博士。
「スーパはどうでしょう?」
わたしが問いを重ねると、博士はしばらく沈黙したのち、
「ふむ、なるほど、スーパがカリーとおおよそ重なる……かもしれぬな」
サンスクリット権威の、太鼓判、とまではいかなくても、お認めをいただきました。

南インドの、なんらかの食べものを意味する土語のカリ、ないしはそれに類する言葉が英語化してカリーになり、日本語のカレーになったことは、いまさらいうまでもありません。
英語のカリーはインドにも逆輸入され、レストランなどで用いられていますが、この場合は、汁気のあるカレーに限定されているようです。したがって、野菜の蒸し煮料理のサブジー(sabjī)などは、日本人からみればカレーですが、インドでカリーとよばれることはありません。なお、サブジーはペルシア語起源のヒンディー語です。
いっぽう、豆料理のダール・スープ(dāl sūp)のスープを、ほとんどのかたは英語と理解しているようですが、サンスクリットのスーパ(sūpa)にもとづく由緒正しきヒンディー語です。

sūpaは、su(素晴らしい)-√pā(飲む)に由来する語、と辞書にあります。「美味しい汁料理」といったところでしょうか。
数千年前のヴェーダ儀礼には、動物供犠(イケニエ)がともなわれました。牛、馬、羊、山羊が四大犠牲獣とされ、これらは神に捧げられた後に解体され、おもに土鍋で炊いて、参列者にふるまわれました。インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』には、このご馳走を待ちこがれる詩があります。
「……祭獣をほどよく(上手に)調理せよ。……肉を調理する壺の試し棒、肉汁(スーパ)を注ぎ入るる鉢、鍋の湯気だつ蓋……」(Ⅰ‐一六二‐10〜13)
スパイスとしては、ショウガやマスタードなどもすでに使われていますから、カリーの原型のようなものも存在していたにちがいありません。当時は、肉食のタブーはまったくなく、今のインドからは想像もつかぬことですが、牛と馬の肉がたいへん好まれていました。
ちなみに、サンスクリットの肉マーンサ(māṃsa)は、√man(礼拝する)-sa(神)にもとづく語で、「神への捧げもの」が原意。そして、その神と供(とも)に食する「最高の汁料理」が、スーパだったのです。

その後、肉食のタブーがあらわれ、野菜や豆で作った汁料理もスーパとよばれるようになります。
スパイスも多用されるようになり、時代が下るにつれ、こんにちのカリーに近づいていきます。
そして、現在もっとも日常的な料理であるダールに“スープ”が添えられていることからもうかがえるように、祭りのご馳走の汁料理だけでなく、ふだんの汁料理もスーパと称されるようになりました。
しかし、料理人のことをスーパ・カーラ(sūpa-kāra「スーパを作る人」)、料理術をスーパ・シャーストラ(sūpa-śāstra「スーパの科学」)とよぶ複合語には、スーパが料理すべてを代表する特別のものであったヴェーダ時代の記憶がとどめられています
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