バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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シヴァ Śiva【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



神は、ほとんどの宗教が唱えるように実在するのか、それとも唯物論者が主張するように虚構なのか……じつは、わたしにとってあまり重要な問題ではありません。
興味あるのは、人類であれば、どんなに未開な部族であろうとも、かならず人知を越えた「カミ」という概念を有していることのほうです。
神が実在するにせよ、それを認知する心がなければ、神はいないに等しい。そして、ヒトの精神構造は、かならずや神を察知する、あるいは創出する。それがいつの時代から始まったのか定かではありません。2、3万年に絶滅したネアンデルタール人は、おそらく神をもっていたでしょう。100万年前のアジアに進出し、すでに火を利用していた北京原人あたりにも神はいたかもしれません。
ともあれ、「カミ」を意識したときから、人間——サンスクリットでいうマヌシヤ(manuṣya<√man考える)、つまり「神について考える者」の歴史が始まったように思います。
今回はインド神話のスーパースター、シヴァの始まりについて見てみましょう。

暗雲たちこめ、雷光奔(はし)る。嵐ふきあれ、竜巻は木々を引き抜き舞いあげる。
インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』を謳った人びとは、そんな大自然のエネルギーの破壊的側面を擬人化し、つまりそれに荒々しくも恐ろしい、神というより魔神の存在を見出し、ルドラ(Rudra)とよびました。√rud(叫ぶ)を語源とするその名には、風のゴーゴー吹きすさぶ音、雷のゴロゴロ撃ちおろされる音がこだましています。
ルドラは、のちにダマル(でんでん太鼓;ḍamaru)の音や三叉戟(さんさげき;triśūla)の枝分かれした穂先として聴覚的・視覚的にデザインされることになる雷霆をもって、人も家畜も容赦なく撃ち殺しました。人が病気になるのも、ルドラのしわざとされました。
ヴェーダの祭官は、自分や民や家畜を見逃してくれるように(殺さないように)、ルドラに祈ったことでした。祈りの功あって(あるいは偶然)、人や牛が無事であるとき、息災であるとき、病から癒えたとき、死を免れたとき、ルドラは——
アムリタダーリン(Amṛta-dhārin;甘露を持つ者)、ヴァイディヤナータ(Vaidya-nātha;最上の医師)、サハスラウシャディダラ(Sahasra-oṣadhi-dhara;千の薬を持つ者)、そして、この神のもっとも重要な異称のひとつ、パシュパティ(Paśu-pati;動物の主)の名で讃えられるようになります。
後期ヴェーダの『アタルヴァ・ヴェーダ』のころになると、ルドラの目出たい相から、シヴァ(Śiva;幸いなる者)の名が登場します。良きこと(śiva)——健康、恩寵、幸運、幸福、吉祥——を与えてくれる神です。
しかし、梵英辞典にはこの語のもとになった語根が見あたりません。そのかわり辞典は、śivaの語源解釈としてśyati pāpaṃ śo-van
pṛṣo……という文を載せています。すなわち、
——罪障/障碍を(pāpam)除去する(śyati)力(va)
のśyati-va(除去する力)から、輝かしきŚivaの号(な)が抽出されたのです。
「ダマルと三叉戟をもち、烈しく怒りっぽいが、ヨイショに弱いため、適切なプージャーをすれば、恩恵を与えてくれる」というシヴァ神の基本的なキャラは、こうして生まれました。

さて、インダス文明の遺跡から、「パシュパティ」とされる神の像を刻した印章がいくつも出土しています。ヨーガ(瞑想)の姿勢で坐る厳めしいパシュパティ像は、牛の角で作られた大きな冠りものをつけ、獅子・象・牡牛・犀・鳥などさまざまな動物によって囲まれています。いくつかの印章では、このパシュパティは、3つの顔をもち、男根を勃起させています。
『リグ・ヴェーダ』の舞台がインダス文明であったとすれば——わたしはそう確信しているのですが——、印章の「パシュパティ」は、のちのシヴァにつながる神格の図像表現ということになるかと思われます。
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