バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ハンサ haṃsa हंस【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



ヨーガの哲学・行法にふかく関わる聖なる鳥、ハンサ。
たとえば、「ハンサ」と呼ばれるマントラがあります。
すぐれたヨーギンは「ハンサ」、「パラマ(至高の)ハンサ」と称されます。
ハタの八十四アーサナにふくまれる伝統的なポーズにも、「ハンサ・アーサナ」があります。
ハンサは、
——ヒマラヤを越えて飛ぶ、大きな純白の鳥
とされ、医学文献の『チャラカ本集』には、「その肉と卵は、ヴァータを下げ、カパを上げる。咳、心臓疾患、潰瘍に効果がある」としるされています。昔は食用にもされたのでしょう。
梵 haṃsa は、swan(白鳥)と英訳、ガチョウ(鵞鳥)と和訳されることを常とします。しかし、この鳥は、インドではほとんど見ることないハクチョウでもなければ、人間が飼いならした家禽(かきん)のガチョウでもありません。
では、いかなる鳥なのでしょう?

アネハヅル(姉羽鶴)という生物学的にも注目すべきツルがいます。世界でもっとも高所を飛ぶ鳥です。チベット高原に棲息し、インドで越冬するのですが、インドに渡るとき、あえて、ヒマラヤの8000メートルを越えるジャイアンツ(巨峰)たちに挑戦。かれらは息を溜め、9000メートルのほとんど真空に近い領域を滑空するのです。しかし、白い鳥ではありません。すらりとした優美な姿体を薄紅に染め、首を漆黒で飾った、おしゃれな鳥です。
おなじく、チベット高原に棲息しインドで越冬する鳥に、インドガン(印度雁)がいます。この鳥の飛翔ルートはよくわかっていないのですが、ヒマラヤ越えをすることはまちがいない。純白ではないし、大きくもありませんが、『チャラカ』にいうハンサは、このインドガンに同定されています。
そして、野生のガンを飼いならしたのがガチョウ。見た目も大きさもアヒル(家鴨)によく似ていますが、別の種です。ガチョウのなかには、純白のやつもいます。ちなみに世界三大珍味のひとつフォアグラは、肥大させたガチョウの肝臓です。
大きさで勝負するなら、インドオオノガン(印度大野雁)。翼を広げると2メートルを越え、体重も20キロと人間の子どもぐらいになる。飛ぶことのできる鳥としては最もヘビーですが、白と褐色のツートンカラーで、ヒマラヤ越えもやりません。
こうして見ると、「ヒマラヤを越えて飛ぶ、大きな純白の鳥」は、インドガンをベースに、アネハヅルの優美さ、インドオオノガンの大きさ、ガチョウの白さをミックスして生まれた空想の鳥といえるでしょう。ブラフマー神やサラスワティー女神が乗物としているのも、この伝説上のハンサです。

神々の座であるヒマラヤを行き来するハンサは、あの世とこの世を往来するアートマン(霊魂)の象徴とされました。すぐれたヨーギンが「ハンサ」、「パラマハンサ」と号されるのは、かれらがアートマンを知り、霊界を行く者であるからです。
「ハンサ」はまた、呼吸と合わせて行なうソーハン(so'ham)マントラの別名とされていますが、このあまりにも有名なマントラについては、今さら書くまでもありません。
対して、知る者の少ないハタの「ハンサ・アーサナ」ですが、これには2通りのやり方があります。
ひとつは、正座した姿勢から一方の足を前に踏み出し、もう一方の脚の膝を地につけ、足先を宙に浮かせて、両腕を翼のごとく雄々しく広げる。もうひとつは、一本脚でTの字型に立ち、宙に浮かべた脚の膝を曲げ、両腕を広げる(カラリパヤットの孔雀のポーズに似る)。前者はこれから飛び立とうとするハンサを、後者は天空を駆けるハンサを表わしています。
ダンスの指南書『アビナヤ・ダルパナ』には、「ハンサ歩き」(Haṃsī-gati)なるフットワークのことがしるされています。
「一歩の長さは1ヴィタスティ(親指〜小指の長さ)。一足ごとに身を横に向けながら、……ゆっくりとハンサのごとく歩む」
すなわち、進める足と同じ側の肩が前になるナンバ歩きを、たどたどしく行なう。
天空の勇者ハンサも、地面の上を歩くときはヨチヨチ歩きになる(アヒルの歩き方を想像すれば、だいたい当たっている)。そのユーモラスな姿が、人びとの笑いを誘い、心をなごませたのでしょう。Haṃsaの名は√has(笑う)に派生する、とされています。
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