バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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和のチリソース【伊藤武のかきおろしコラム】



「おお、柚子胡椒(ゆずこしょう)って——」
先日、仕事で佐賀の武雄(温泉で知られる町です)に招かれ、町の人たちが手作りする食品を並べたお店で、猪ジャーキーやらモロミやら漬け物やら……といろいろ買い込みました。どれも、わたしには珍しいもので、美味しくいただきましたが、とくに魂消(たまげ)たのが九州名産の柚子胡椒。
「こんなに辛くて、ウマくて、ぶっ飛んでしまうものだったのか!」
胡椒といっても、インド原産のコショウではありません。中米原産のトウガラシです。コショウとトウガラシを同じ名で呼ぶのは、インドをふくめ世界各地で見られる現象です。
柚子胡椒は、東京のスーパーでもチューブやビンに入ったものが売っています。たまに買いますが、いつまでも冷蔵庫に残ったりします。タバスコ、糟辣醤(ツァウラージャン)、チリ・サンバル、ベンガル・チリソースなどなど世界中に数あるチリソースのなかでは、せいぜい前頭(まえがしら)三枚目。三役にはおよびません。
ところが、武雄で入手した柚子胡椒には、堂々たる横綱の風格がある。パンチ(相撲だったら張り手か)がある。キック(蹴たぐり)がある。怒濤のラッシュ(寄せ)がある。たちまちのうちにロープ(土俵際)まで持っていかれる。だいいち、赤色をした他のチリソースと異なりグリーンのそれには、なんとも云えぬ色気と香りがある。
湯豆腐、なべ、うどん、てんぷら、パスタ……なんにでも合う。すぐになくなってしまいました。スーパーで売ってる柚子胡椒とどこが違うのでしょう?

さて、トウガラシは中米原産と前記しましたが、野生種が発見されていないため、はっきりしたことはわかりません。メキシコ中部高原ラワンカン渓谷で出土した約9000年前の糞石、つまりウンチの化石にトウガラシの種子が残っていたことから、このあたりが発祥地とみられているわけです。
ユーラシアにもたらされるのは、コロンブスが新大陸を発見した後の16世紀になってからのこと。インドのゴアがトウガラシの二次的なセンターになりました。ここを占領したポルトガル人がコショウの代わりにヨーロッパに輸出しようと大プランテーションを展開したのです。
ゴアのトウガラシは、ポルトガル船に乗って、もうひとつの飛び道具、鉄炮(てっぽう)伝来と同時期の1542年、または43年に日本に到着しました。ポルトガル人がトウガラシ栽培を始めたのは1530年代のことですから、あっという間の出来事です。
トウガラシは、1592年に始まる豊臣秀吉の朝鮮出兵によって朝鮮半島、中国大陸にも伝えられました。つまり、トウガラシは日本こそが東アジアにおける三次的センターということになります。
そして、九州の人たちが最初にトウガラシを利用した日本人であることは疑いありません。柚子胡椒がいつできたかは定かではありませんが、用いられる材料は青トウガラシと青ユズと塩のたったの3つ。九州人らしい質実剛健さと潔さが薫っています。張りつめた緊張感が漂ってきます。
この3つに何を足しても、おそらくはつまらないチリソースになってしまうことでしょう。新潟のかんずりは、赤トウガラシ、ユズ、塩に麹を加えた、これも和のチリソースの傑作ですが、発酵食品ですから、フレッシュな柚子胡椒とはタイプが異なります。
そう、柚子胡椒のなによりの魅力は、香りと味がシャープでフレッシュであること。
シンプルなだけに、つくり方が問われます。武雄の柚子胡椒のウマさは、地元でとれた厳選されたトウガラシとユズを用いていることはもちろんですが、すり鉢でゴリゴリとすり潰す昔ながらの製法に求められるでしょう。スーパーで売っているブレンダーみたいな機械で大量生産される柚子胡椒は、その過程で熱を帯びて香りが飛び、また粒が揃いすぎて、鋭いキレ味を失ってしまいます。
柚子胡椒の偉大さに目覚めたわたしですが、手作りのものが手に入らなければ、自分で作るしかありません。しかし、すり鉢ではやはり大変な気がする。今年はインドやバリのスパイスを擂る石盤でゴリゴリやろうと思っています。そして、これなら、カレーにも合うこと疑いなし!
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