バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

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【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】 アーハーラ・ヨーギン āhāra-yogin



Āhāra-yogin! 「アーハーラとは料理/食物だ。食べることをヨーガとする者か?」
と思わせたかもしれません。魅力的な解釈ですが、すでに、約2000年前に編まれた医書『チャラカ本集』に、スパイスを含めた調味料の呼び名として、この複合語、すなわち「食物(アーハーラ)と結合するもの(ヨーギン)」、または「料理(アーハーラ)の乗物となるもの(ヨーギン)」が用いられています。
「スパイスをサンスクリットで」の第2回。今回は、『チャラカ』ほか、西暦紀元前後に成立した文献にみるスパイス・リストです。

『チャラカ』は、前回紹介したコショウ(marica)、ナガコショウ(pippalī)、ショウガ(ārdraka)の3つにアサフェティダ(hiṅgu)を加えた四大スパイスと、さらに黒クミン(kālavī)、クミンの一種(kuñcikā)、クミン(jīraka)、アジョワン(yavānī)、コリアンダー(dhānya)、サンショウ(tumbru)の6つを足した計10種のスパイスをあげています。ドーシャへの作用はほとんどが「ヴァータとカパを下げ、ピッタをやや上げる」。つまり、消化を促進し、お腹のガスの発生を抑えて、肥満を防ぐ作用がある、ということになりましょうか。
『カウティリヤ実利論』は、『チャラカ』と共通するコショウ、ナガコショウ、ショウガ、クミン、コリアンダーのほかに、ヒマラヤセンブリ(kirāta-tikta)、マスタード(sarṣapa)、フェンネル(sāleya)、正体不明のダマナカ(damanaka)、マージョラム(またはオレガノ;marūvaka)、ワサビノキ(śiguru)の茎をスパイスとしています。
『マヌ法典』には、サフラン(kuṅkuma)がカシミールの特産品としてあげられています。
ヴェーダ儀礼『シュラウタ・スートラ』の注釈書には、酒造に発酵剤に用いる生薬として、上記のチャラカが述べるようなスパイスにくわえて、トンキンニッケイ(葉patraと樹皮tvac)とカルダモン(elā)とおそらく生のターメリック(haridrā)が、あげられています。
チャラカは、タマネギ(palāṇḍu)やニンニク(laśuna)は、スパイスではなく、根菜類(kanda)に含めています。
合計で20数種になりますが、当時の北インドで用いられていたスパイスのほとんどを網羅しているといってよいと思います。
インドネシアのモルッカ諸島原産のクローブ(lavaṅga)やナツメグ(jātiphala;メースはjātipatrī)は、まだ知られていませんでした。
ちょっと興味深いスパイス、スパイス名をチェックしてみましょう。

アサフェティダ(ペルシア語とラテン語の合成語で「臭い樹脂」の意)の名のとおり、不快な悪臭としか思えないヒング。辞書には、hiṅguは「himaṃ
gacchate(雪が行く=吹雪く)を圧縮した語」とあります。雪の降るような寒冷の地に育つ作物、ということでしょうか。西北インド(パキスタンやアフガニスタン)の冷涼で乾燥した、ほとんど砂漠といえる土地に生える巨大なセリ科の草本の樹脂です。
葉はセロリやニンジンにも似たセリ科特有の繊細な形をしていますが、その臭いはセリ科のどれにも似ていない独特のもの。むしろ、ニンニクやタマネギにも含まれる硫黄臭が主のようです。料理を破壊しかねないその悪臭は、しかし豆や菜食の料理にほんのちょっぴり使うと、クセのある、しかしとんでもない旨味に変わる。
現在はインド以外の料理に使われることはありませんが、古代インドの商人は、胡椒(じつは大半は安価なナガコショウ)同様、ローマ帝国に売りつけることに成功したようです。ローマでは、ヒングはシルフィウムなどの名で呼ばれ、食欲を魔法のようにかき立てるスパイスとして尊重されました。

トゥンブルは、日本にも自生する冬山椒(ふゆざんしょう)に比定されていますが、冬山椒よりも香りの強い蜀椒(なるはじかみ;マーボー豆腐にたっぷり入れる四川の山椒)に近いようです。
梵tumburuは、√tumb(殺す)-uru(水生動物)で「魚を殺すもの」。山椒には麻痺作用がある。実が川に落ちると、痺れて魚が浮く。それを利用した毒漁のあったことを示す語です。

「キラータ族の苦きもの」(キラータ・ティクタ)は、ヒマラヤ産のティクタ(センブリ)。漢方薬にも当薬(とうやく)というほぼ同じものがありますが、口に苦い、いかにも「良薬」を思わせるおクスリです。消化剤としては優れていますが、古代インド人はこんなもの、ほんとうに料理に供したでしょうか。
また、キラータ・ティクタは、サンスクリットを話す人びとが、この生薬を、ヒマラヤ・モンゴロイドのキラータ族から入手していたことをも伝える言葉です。

なぜか、「恐ろしいもの」(マルーヴァカ)と呼ばれたマージョラム、またはその近縁種のオレガノ。オレガノは、ハッカのような風味があり、チーズやトマトとめっぽう相性がよく、イタリアンに欠くことのできないハーブです。地中海地方の原産ですから、ギリシア人が持ちこんだのかもしれません。

英語でドラムスティックとも呼ばれるワサビノキ(シグル)。ドラムスティックは野菜として用いられる、いかにも太鼓のバチのような細長いサヤにちなんだ名。和名のワサビノキは、この植物に山葵(わさび)に似た香気があるところから付けられた、いかにも和の名前です。しかし、梵名śiguruは「細(śi)長い(guru)」ですから、ドラムスティックの方に与(くみ)するようです。けれども、かつては、そのワサビのような、微妙な香りのする樹皮をスパイスとして用いたこともあったのです。

ここに特記したものは、アサフェティダ(hiṅgu)をのぞき、サンショウ(tumburu)も、ヒマラヤ・センブリ(kirāta-tikta)も、マージョラム(marūvaka)も、ワサビノキ(śiguru)も、今日のインドでは、スパイスとしては、ほとんど、あるいはまったく用いられていません。
インドのスパイス料理史には、淘汰されたスパイスもたくさん埋もれているようです。
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