バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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ラーマのお酒【伊藤武のかきおろしコラム】


11月28日は、「ラーマーヤナでインドがわかる」最終回↓
http://blog.goo.ne.jp/akira-65/e/7fa1568b63df31943df47891f7ee3c04
このコラムがみなさまに届くの、間にあうかな?
「ラーマの食卓」復元料理にお出ししたかったのが、お酒。ソーマ酒みたいなサイケデリック系ではなくて、アルコールです。この時代のインドに、酒のタブーはありませんでした。
ラーマとシーターのハネムーンを彩ったお酒、戴冠式を祝ったお酒……いろいろ考えたのですが、お出しする前に酒造免許を取らねばならない、ということで、今回はお流れになってしまいました。

さて、日本酒がおいしい季節になってきました。
ライスワインはアジア各地にあるが、ジャパニーズ・サケ(日本酒)はその最高峰。チャイナのホワンチュウ(紹興酒のごとき米の醸造酒)も、質・量・完成度のいずれをとっても、サケにかなわない。サケには、ジャパニーズ・カタナ同様の「研ぎ澄まされた美学」が脈打っている——と、いまや国際的にも高い評価を得ています。
ほんとうにその通りなのですが、今も残っていれば日本酒のライバルになっていたかもしれないライスワインが、古代インドのスラー(surā)。法典に「先祖供養に欠かせぬ酒」とありますから、まじめなラーマも飲んでいたにちがいありません。ただし、そのころ(3000年前)のスラー酒は、うまい、といえるものであったか、どうかは……

ガンジス中流域の稲作地帯を領したラーマの家系、イクシュヴァーク王家は、西のインダス文明圏からの移住者でした。文明が衰退すると、当時密林地帯で人口もまばらだったガンジス中流域の開拓に乗り出し、コーサラ国の礎(いしずえ)を築くのでした。
インダス文明圏はムギが主食あり、メソポタミア同様、大麦から酒(ビール)をつくっていました。原始社会では、日々の糧——主食と酒がきわめて近しい関係にありました。神事に酒がつきものだったし、その酒の原料であるかれらの主食は、神性の象徴であったからです。
ガンジスの、のちに稲作地帯となる地に移り住んだ人びとは、当然、米から酒を作りはじめました。ビール作りと同じやり方で。つまり、ビールが大麦のモヤシ(麦芽、モルト)を発酵剤にするごとく、米のモヤシでスラー酒をかもそうとしたのです。
穀物から酒をつくるには、デンプンをいったん糖化しなければなりません。糖分がアルコールに変化するのですから。糖度10%であればアルコール度5%といったぐあいに、糖度の約半分がアルコール度になります。
穀物のモヤシには糖化作用のあるアミラーゼが含まれています。大麦のモヤシのアミラーゼ活性は穀物中もっとも強力なのですが、米のモヤシのアミラーゼ活性はたかが知れています。ろくな酒ができるとは思えません。せいぜいがアルコール度3%の、雑味の強いドブロクだったことでしょう。
ところが、『チャラカ本集』や『マヌ法典』や『カウティリヤ実利論』が成立する西暦紀元前後までの千年間に、スラー作りは、いちじるしい進化をとげるのです。
麹(こうじ)の発明です。簡単にいえば、米飯に麹を混ぜ、水を加えておくだけで、糖化、発酵が進行し、ドブロクができます。
『カウティリヤ』に登場するキヌワ(kinva)という麹のつくり方は、米とマーシャ豆(ケツルアズキ)の生粉を、アーユルヴェーダの生薬の液や粉とともにねってダンゴにし、カビを繁殖させてのち、乾燥させる——というものです。
これと同じ米とマーシャ豆の組み合わせは、こんにちも南インドのイドゥリ(米の蒸しパン)やドーサイ(クレープ)にみることができます。イドゥリのつくりかたは、つぎのようなものです。
(1) 米4:マーシャ豆1をそれぞれ水に漬け、別々に石臼ですり潰す。
(2) 両者を混ぜ合わせて一晩おくと、発酵する。
(3) (2) を専用の蒸し器で10分間蒸す。
ドーサイの生地はもうすこしゆるめにするわけですが、②の段階で長く置くとカビが生えてきます。米モヤシがあまり得意としなかった糖化の役を、米についたこのカビ——インドではクモノスカビ、日本ではコウジカビ——がみごとにこなしてくれたのです。
生薬(「ちょこっとサンスクリット」で紹介したスパイスや菩提樹の実など)を添加するのは、酒に薬効を期待したのでしょうが、酒を腐敗させるバクテリアの増殖を抑える効果があることも考えられます。「ブドウや、香辛料のトンキンニッケイ、カルダモン、コショウ、ヒハツなどの果や葉、樹皮には酵母が豊富に含まれているから、単独ないしはいろいろと組み合わせてキヌワとすればよろしい」とも書かれています。良い麹をつくることは良い酒をつくることに直結しています。糖化力が増せば、それだけアルコール度も増すのですから。
そして、これならアルコール度10%を越える、うまい酒ができそうです。さらに『カウティリヤ』は、
「ハチミツを添加して糖度を高めることによって、アルコール度の強い酒ができる」
「カタカの実をくわえると、澄んだ酒ができる」
とも語っています。カタカは、和名「ミズスマシノキ」。その名のとおり、この木の果実には浮遊物を沈殿させて、水を澄ませる作用があります。
どうです。芳醇で、日本酒のように澄みきっていて、エキゾチックで、スパイシーな魚料理に合いそうな、そして米どころのミティラー(シーターのおさと)の早乙女を想わせるような、美しいライスワイン、スラーの味わいが思い浮かぶではありませんか。
もっとも、このキヌワによるスラー醸造は、インドでは古代のうちに絶えてしまいました。

さて、ラーマのお酒。けっきょく、彼がもっともきこしめしたのは、ターリー(ナツメヤシのお酒)だったと思われます。敬虔なラーマは追放中の森にあっても、日々アグニホートラ(家主が行なう護摩儀礼)を行なったことでしょうが、前述したとおり、当時の儀礼にお酒は欠かせません。ターリー酒であれば、ナツメヤシの幹に切れ目を入れて、あふれ出す樹液を壺に受けるだけですから、簡単につくれてしまいます。樹液は始めから糖液。それに天然の酵母が入って、勝手に酒になってくれるのです。
ターリーは、アルコール度はビールほどもありませんが、白くて、カルピスみたいで、発泡のプチプチ感が口中に楽しい。口当たりが快いため、しらぬまに飲みすぎて、いつのまにか酔っぱらってる、ちょっと素敵なお酒です。
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