バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

Entries

【伊藤武のかきおろしコラム】愛しき土鍋


ナベが愛しい季節になってきました。
土鍋のレトロな雰囲気がいい。そのまるい尻をトロトロあぶる火がいい。フツフツいうのに、箸つっこんで、あれやこれやとねぶりまわし、フウフウいいながら食べるのがいい。
土鍋は、ナベだけはなく、いろんな料理にも使えるのもいい。
フタのできる土鍋は、ことこと煮込むタイプのカレーにもいい。金属鍋にはマネのできない遠赤外線効果も手伝って、カレーの美味しさが際立ちます。
もちろん、炊飯にもいい。土鍋で米を炊くのは、思いのほか簡単。慣れたら、炊飯器よりも楽なくらいです。
土鍋に、米と、米より2、3割多めの水を入れ、フタをして、強火にかける。
沸騰し、鍋の縁からオネバのお湯があふれ出したら、弱火。
オネバが乾き、ごはんの香ばしい匂いが漂いだすと、上がりの合図です。弱火にしてから、12分ほどでしょうか。いまいちど強火にして、5〜10秒。そして火を止める。
10分ほど蒸らして、フタを取ると、カニ穴のたくさん開いた、ピッカピカの、ほんとうに香ばしい、ちょっとオシャレなごはんがお目見えします。香ばしいのは、ラストの火力アップのおかげ。鍋肌に接したごはんのデンプンが瞬時に焼かれ、香り米に通じる芳香を発するのです。火力アップの時間を調節することで、オコゲもお好みのまま。
丈の高い炊飯専用の土鍋も売られていますが、あいつはインドの炊き込みご飯、ビリヤーニをつくるのにも最適です。つまり土鍋は、料理を確実に美味しくしてくれるアイテムなのです。

わたしもいろんなタイプの土鍋をコレクションするようになりました。
ヤカンは土瓶(どびん)。お湯が、まったりと、やわらかになります。
ハマグリやホタテなど貝や魚を焼くのに適したフタ付きの土のフライパンや、チャパティが美味しく焼ける鉄板ならぬ土板もあります。
自慢の一品は、中国雲南で手に入れた汽鍋。底の中央から煙突状のパイプが伸びている。鍋にトリの手羽元、昆布、椎茸、ショウガ、ネギを入れ、フタをし、グラグラ湯を沸かした別の鍋の上に載せる。と、下の鍋から吹き上げる湯気が汽鍋の煙突をくぐって、手羽元などのあるところにスープとなって溜まる。
ぐつぐつ煮込むわけではありませんから、アクのない、澄みきった、最上のチキンスープが、だれにでも簡単に作れてしまうという、とんでもないスグレモノなのです。

しかし、買いそこねた、今では口惜しい思いのする土鍋もあります。
20代の、インドをしきりにほっつき歩いていたころ、カジュラーホでその土鍋と出会いました。近くの村の土器職人が、どう見ても外国人のわたしに売りつけようとしたのです。
インドでは、かつては土器は一度使ったらケガレた(不浄化した)と見なされ、すぐ捨ててしまいました。だから、インド人は土器に愛情がない。家庭用の食器も、ぜんぶ金属製でした。ところが、土鍋とチラム(大麻を吸うパイプ)だけは例外。これらは使用中に火で熱せられため、発生するケガレが同時に浄められる、と考えられたのです。
金気(かなけ)のする金属鍋よりも、土鍋を愛用した主婦も多かった、と聞きます。それだけに、土器職人にとっても、土鍋づくりだけは特別でした。わたしが見せられた土鍋も、長持ちするよう十分に叩き締められ、縁に神聖な紋様をきざんだ、美しいものでした。日本であれば工芸品として通じるでしょうが、もともと地位の低い土器ですから、値も安い。
(この土鍋でカレーを作ってみたい)
と一瞬思ったのですが、ザックをかついで移動する、そしていつ帰国するやも知れぬ旅人です。郵便小荷物にして発送すれば、日本に着くまでに必ず割れてしまう。
どうして、そんな、文字どおりのお荷物を買うことができましょう。とうぜん、断りました。
それから30年ほどたった数年前、ふたたびカジュラーホを訪ねました。しずかだったカジュラーホ村が、いかにも観光地に様変わりしています。もちろん、土鍋売りもいません。
この数十年、インド経済も大きく様変わりしました。かつては、どんな村にも、土器職人や鍛冶屋がいました。銅板からハンマーで鍋を打ち出す素晴らしい技術がありました。かれらはカーストは低いが、村には絶対に欠かせないメンバーでした。
しかし、土鍋や打ち出しの銅鍋は、工場で大量生産されるアルミやステンレスの鍋に駆逐されてしまいました。使い捨ての土のカップも、くり返し使われるガラスやプラスチックのカップに変わりました。職人たちは失業し、流浪化することを余儀なくされたのです。都会に流れ、工場で働くか、日雇い労働者になるしかありませんでした。
外国人のわたしに土鍋を売りつけようとした彼の行為は、今にして思えば、時代に抗(あらが)う最後のアガキだったのでしょうか。そして、失われた技術は、二度とは戻ってこないのです。

さて、11月28日は、「ラーマーヤナでインドがわかる」の第3弾(大団円)↓
http://blog.goo.ne.jp/akira-65/e/7fa1568b63df31943df47891f7ee3c04
料理上手のシーターが愛用した土鍋は、よく研磨され、器の上端と内部が還元熱によって黒く焼き上がった、考古学用語にいう「黒縁赤色土器」であったにちがいありません。
「黒縁赤色土器」は、4000年前のインダス文明末期の西インド(グジャラート)に始まり、文明滅亡後の3000年前には、カジュラーホのある中央インド(マディヤプラデーシュ)や、ラーマやシーターの王国のあったガンジス中流域(ウッタルプラデーシュ東部〜ビハール)で広く用いられていました。わたしの見た土鍋は、その直系の子孫だったのかもしれません。
今回の「ラーマの食卓」復元料理は、魔王ラーヴァナに勝利したラーマが故郷アヨーディヤーに凱旋し、戴冠式の供物(プラサーダ)として召し上がったヴェーダ時代のご馳走料理!
ヨーガ、料理、トーク、ダンス。
いつもは虎になって暴れまわるマサラワーラーのおふたりによるラーマの拳法の復元演武や、ダンスの鬼才・山元彩子さま(最近、神がかることの多い彼女に祟られぬよう、思わず「さま」付けになってしまった)のマントラの詠唱にのって羽ばたく超絶演舞も予定しています。
池上の駅から数分歩くことを除けば、(ヨーガは別にして)ほとんどなにもせずに、1日楽しめることまちがいなし。来場をお待ちしています。
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

インド作家_伊藤武(クルシー)

Author:インド作家_伊藤武(クルシー)
 
メルマガ『満月通信』のコラムを載せていきます。
 
講座案内等はこちらでお知らせしています。
http://malini.blog105.fc2.com/

お問い合わせはこちらまで。
yaj612@gmail.com

twitter

最新記事

最新トラックバック

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR