バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】ヴェーダ Veda वेद


「そんなこと、ヴェーダに書いてある!」なかなか手強いインド人の口癖です。
そんなこと、とは、飛行機(vimāna)であったり、コンピュータ(saṃgaṇaka)であったり、核ミサイル(brahma-śastra)であったり……じっさい、それに相当するサンスクリットもあるわけですから、誇りたかきヒンドゥーが「ここにはすべての事象が書かれている」といいたくなるのも無理はない。
しかし、ヴェーダに、現代科学の発見を先取りするかのような知見があふれていることは事実ですが、飛行機うんぬんには眉に唾すべきでしょう。「空飛ぶ神々の乗物」というような神話的な表現を飛行機と解するのであれば、話しは別ですが。

“ヴェーダ”を定義する必要があるでしょう。
Vedaは、√vid(知る)に派生する男性名詞で、「知識」が原義。一般にはシュルティ(Śurti;「天啓書」)と総称されるヴェーダ文献群をさします。人間が生み出したものではなく、太古の聖仙が感得した神の詩を編纂したとされるヒンドゥー教の第一次聖典です。
これらヴェーダ文献は、約5000年前から2000年以上にわたって記されたもので、ヴェーダ祭官の機能にしたがい、
1. 讃歌(ṛc;vedaと連声してリグ・ヴェーダ)
2. 歌詠(sāman;サーマ・ヴェーダ)
3. 祭詞(yajus;ヤジュル・ヴェーダ)
4. 呪法(atharvan;アタルヴァ・ヴェーダ)
の4つの系列と、あつかう内容にしたがい、
一. 本集(saṃhitā;ヴェーダ儀礼で唱えられるマントラの集成)
二. 梵書(brāhamaṇa;ヴェーダ儀礼のマニュアル)
三. 森林書(āraṇyaka;マニュアルと哲学)
四. 奥義書(upaniṣad;哲学)
の4つの層に分かれます。

詳しい説明は別の機会に譲るとして、ヒンドゥー教にはスムリティ(Smṛti;「聖伝書」)と称される第二次聖典群があることも述べておきたい。
『マヌ法典』に代表される法典(Dharma-śāstra)、プラーナ文献と叙事詩(『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』)から成る史書(Itihāsa)、『ヨーガ・スートラ』などの哲学書(Darśana)、アーユルヴェーダ医学の『チャラカ本集』や、武術の『ダヌルヴェーダ本集』に代表されるヴェーダ儀礼から派生した実用科学のテキストなどがあり、神々から贈られたとされるシュルティと異なり、それぞれに人間の作者が指定されています。
しかし、これらは、ヴェーダから生まれたものとして、しばしばヴェーダそのものと混同されています。そして、『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』には、飛行機やコンピュータや核ミサイルとした思えない装置が、その形状やメカを含め、やけにリアルにしるされていることも事実なのです。

ヴィマーナ(飛行機)やブラフマーストラ(核ミサイル)は、物証が出土しないかぎり、作者の想像の産物というしかありません。言葉が自動的に、構造的に発展してゆくシステムを有するサンスクリット語は、科学的・哲学的想像を磨き、霊感を吹きこむことに適していたのでしょう。
しかし、アーユルヴェーダやヨーガは、ヴィマーナのごとき書のなかでのみ存在する過去の遺物ではなく、現在も生きつづける実用科学です。
11月から来年5月にかけて、全4回の「女神講座——アーユルヴェーダとヴェーダとヨーガの1日」
http://malini.blog105.fc2.com/blog-entry-272.html
を予定しています(yoginijala企画)。
わたしに託されたのは、アーユルヴェーダの基礎用語の解説。サンスクリットによる用語を根っこから理解するとき、その生命にかんするアイデアは、太古の霊感を呼び覚まし、真に実用的なアーユルヴェーダ(生命科学)をはぐくんでくれることでしょう。
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