バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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クリシュナ kṛṣṇa कृष्ण【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】



サンスクリットには、まったく矛盾する意味を持つ単語がいくつもあり、解釈に頭をかかえることが多々あります。
たとえば、クリシュナ(Kṛṣṇa)。いわずとも知れたヒンドゥー世界のスーパースター。『バガヴァッド・ギーター』を語る至高神です。
ところが、kṛṣṇaという語は、まず「黒い」という意味の形容詞。カラスやブラックバック(黒鹿)など黒いものをさす名詞にもなります。また、黒のイメージから派生したのでしょうが、「邪悪な」という意味にも用いられます。クリシュナ・カルマンといえば「邪悪な行為/業」。
kṛṣṇaの語根は√kṛṣ で「耕す/畝を作る、引く/牽く/引っ張る、引きつける、導く、支配する」。
おそらくは、「牛に犂(すき)を引かせて農地を耕す」ことが、√kṛṣ
のコアとなるイメージなのでしょう。「引く」から「導く、人を引きつける、支配する」の意が引き出され、この√kṛṣ
にna(人/動物/生命体)を添えて、「人を導き、引きつけ、支配する者」としてのクリシュナ神が形成されていったのかもしれません。
しかし、それがなぜ「黒」と結びつくのかは、不明です。
クリシュナ神の体も、(絵では青く描かれるが)真っ黒です。クリシュナが、なぜ黒いかって?
彼自身、いろいろな文献の中で、いろいろな人にそう問われて、いろいろなことを云っています。


養母ヤショーダーに対して「それは、母ちゃん(ヤショーダー)に原因がある。生まれたばかりのボクは、母ちゃんに似て白かった。でも、そのときは夜で、真っ暗だった。母ちゃんは、ボクを生んで安心して、ぐっすりと眠ってしまった。ボクは、おっぱいが欲しくて、一晩中起きてたンだよ。それで、ボクは夜の闇に染まって、黒くなった」
『マハーバーラタ』の敵役ドゥリョーダナに対して「おれが黒い(kāla)のは、おまえに引導(kāla=死)を渡してやるためさ」
愛人ラーダーに対して「可愛いラーダー、おれは本当は、色白だったんだよ。でも、色の白いきみの美しさをいっそう引き立てるために黒くなったのさ。白は黒によって、はっきりするからね」
あるとき、クリシュナは、その白くて可愛いラーダーの家のドアをノック。ドア越しに、次のような会話が交わされました(サンスクリットの小咄です)。


ラーダー「はあい、どなた?」
クリシュナ「おれだ、ハリだ」
梵Hariはクリシュナの異名ですが、「ライオン」の意もあります。
ラーダー「肉食獣に用はなくてよ。あなた、なにしに来たの?」
クリシュナ「おれは、マーダヴァ、知ってるだろ?」
彼の異名のひとつMādhavaは、季節の「春」をもあらわします。だから——
ラーダー「いまは、春がやってくるような時期じゃなくってよ」
クリシュナ「おれは、ジャナールダナ、おれのこと知ってるよね?」
Jana-ardanaには、これまた多くの意味があります。「世に災いをもたらす者」、「邪を滅ぼす者」という正反対の意味も含まれているから厄介です。ラーダーは前の意味と理解しました。
ラーダー「他人に迷惑かける人は、誰もいない森に引っこんでなさい」
クリシュナ「ねえ、お嬢さん、ここを開けてよ、おれはマドゥスーダナ」
Madhu-sūdanaには、「マドゥという名の悪魔を殺す者」と「ミツバチ」(たくさんの花からマドゥ=蜂蜜を飲むもの)の両義があります。だから、彼女は云いました。
ラーダー「あ、わかったわ、あなた、ドウィレーパね」
Dvirephaにも「ミツバチ」と「アウトカースト」の両義があります。つまり、ラーダーは、大勢の女のあいだをミツバチのように飛びまわるクリシュナを揶揄しているのです。
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