バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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【ちょこっとサンスクリット語】プージャー pūjā पूजा





プージャーは、太古のヴェーダ儀礼とは異なるヒンドゥー教の礼拝法で、「供養」と漢訳されます。でも供養だと、「先祖供養」とか「水子供養」みたいな言葉が浮かんできて、イメージがちょっとつかみにくいかもしれません。pūjāは√pūj(もてなす)が女性名詞化した語で、「[神の]おもてなし」。

女性名詞と書きましたが、ここがちょっとキモ。なぜなら、ヤジュニャ(yajña<√yaj祭る)と称されるヴェーダの供犠は、男性名詞ですから。ヤジュニャとプージャーには、たしかに男と女の違いが表れているようです。

ヤジュニャでは、供物を祭火に投じます。供物は火に焼かれ煙に乗って、はるか天界(高次元)の神々に届けられます。このとき屋根がじゃまになりますから、通常は屋外で行なわれます。ヴェーダの祭壇は、ヤジュニャのたびに造られ、それが終わると解体されました。

対するプージャーは、神をお招きして、

――尊いゲストとしておもてなしする

という女の子の「おままごと」めいた神事です(“プージャ”って書いてるひとが多いけど、語尾を長く伸ばさないと女性名詞になりません)。

「おままごと」ですから、「おうち」が大事になります。ヴェーダ時代にはなかった「寺院」(mandira)も「偶像」(mūrti)も、プージャーのために作られるようになりました。そして――

「神」(形なき霊)を、寺院の「神体」(本尊、偶像)のなかにお招きし、

足を洗う水、口をゆすぐ水、甘露水(蜂蜜ラッシー)で歓迎し、

沐浴していただき、身につける衣服・装身具・塗香を捧げ、

花を献じ、香を焚き、火を灯し、歌やダンスを楽しんでいただき、

食事を供する。神に、この「おもてなしフルコース」に満足して、お帰りいただく。

神が[香りだけを]召し上がった食事は、礼拝者へのプラサーダ(恩寵)となる。

それがプージャーです。



やがて、プージャーは、抽象化されます。

神を迎える「おうち」としての寺院は、マンダラやヤントラによって象徴されるようになります。マンダラ/ヤントラは、寺院の平面図をデザイン化したものなのです。

そして、マンダラやヤントラを観想し、そのなかにおわします神を、種字やシンボルとして観じ、花や食事を捧げる――などの礼拝行為をも、マントラや手印(hasta-mudrā)を介して、想う。

そういう瞑想が生まれました。さらに、粗大(具体的なもの)よりも微細(抽象的なもの)を高級とするインド人の発想にしたがい、

――このイメージ瞑想を行なうことは、じっさいに寺院を詣でる以上の功徳を積む。

と考えられるようになっていきます。



究極のプージャーは、マンダラやヤントラをおのれの身体にインストールし、わが身を寺院と化して神をお迎えし、おもてなしすること。これは「内なるプージャー」(antaḥ-pūjā)、「内的供犠」(antar-yāga)などと称され、チャクラはそのための神の座として発想されました。

この場合、身体のさまざまな生理作用が、おもてなしのアイテムとなります。

蓮華の蕾のごとき形をした心臓は、カマラ(紅蓮華)の献花。

ドッ、ドッとその心臓の打ちならすビートを神に捧げる音楽にする。

心臓をつつむ丈夫な組織(心膜)は、絢爛豪華な錦の衣。

心の移ろいは、神の前で舞いおどる霊妙なダンス。

体の恒(つね)なる温もりは、消えることなき灯明。

そして、脳髄からしたたる甘露(アムリタ、脳内麻薬)を食事として召し上がっていただく。

密教またはタントラのヨーガは、こうして、プージャーとともに生まれ、成長しました。タントラ文献では、内なるプージャーをして、“ラージャ・ヨーガ”と呼ぶことが多いようです。



内なるプージャーの観想には、身体技法がともないます。

たとえば、神の座に集中するのであれば、その部位にプラーナを封じる(ムドラー)。甘露を得やすくするために、なんらかのポーズを行なう(アーサナ)。

ハタ・ヨーガは、こうした内なるプージャーから抽出されたものといえるでしょう。



伊藤武




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【コラム】アーサナの怪


2千年前に成立したインドの説話集『パンチャ・タントラ』にこんな譚があります。



ある池で、1匹の亀と2羽のハンサ(鵞鳥)が友だちになった。彼らは仲よく、楽しく暮らした。

ある年、旱魃(かんばつ)に襲われた。池も川も干上がり、多くの動物が死んでいった。亀とハンサは、はるか遠くにある水を満々と張った湖に、空を飛んで引っ越しすることにした。

1本の棒の両端を両ハンサが嘴(くちばし)でくわえ、棒の中ほどを亀がしっかと噛みついた。ハンサは羽ばたき、亀は棒からぶら下がって宙を運ばれた。

野を山を谷を彼らは飛び越えた。人間の住む町にさしかかった。人々は、彼らを見て驚き、笑い、はやし立てた。亀はイラッとした。

「何が可笑しいンだ!」そう云おうとして、思わず口を開けてしまった。そして墜落し、死んだ。哀れな亀は、おのれの愚かさと苛立ちに殺されたのだ。

ハンサは悲しそうにそれを見やりながら旋回し、やがてヒマラヤの向こうの湖に向かって飛び去った――



さて、『ゲーランダ・サンヒター』に、“サンカタ”というアーサナが述べられています。

「左の足と膝は地面に置き、右脚で左足を覆うべし」

というものですが、20世紀ヨーガは、“サンカタ・アーサナ”を「困難な体位」などと訳したうえで、このテキストを無視し、立って片脚をもういっぽうの脚に絡める今日のガルダ・アーサナのような、まったく異なるポーズに替えてしまいました。

たしかに梵saṃkaṭaは「困難な、危険な」という意味の形容詞ですが、男性名詞では上の物語に登場するハンサの名前になるのです。

そして、『ハタ・ラトナーヴァリー』という文献にシヴァ神が説いたとされる「八十四アーサナ」のすべての名が列挙されているのですが、そのなかに“ハンサ・アーサナ”があります。これは、左の足先と膝を地につけて、右の足先を左膝の前に出して、左脚を隠すようにしたポーズ。

つまり、サンカタ・アーサナは、ハンサ・アーサナの別名だったのです。



こんにち、ふつうに行なわれているアーサナには、ヨーガの古典のテキストとはまるで異なるポーズが沢山あります。「今日の」と前記したガルダ・アーサナもしかり。

「両足と両腿を地に押しつけ、両膝で上体を確(しか)と支え、両手を両膝の上に置く」

割り坐して、つま先を立てたポーズです。

今日の、立って、両脚と両腕を絡めるガルダは、ナーガ・バンダ(蛇締め)と称されるダンスの姿勢に由来します。

ヴリシャ(牡牛)もしかり。『ゲーランダ』のそれは、

「右かかとを会陰に当てがい、左足は左方に向けて地に付すべし」

武術のカラリパヤットの「猫のポーズ」にほかなりません。



クールマ(亀)もしかり。今日のそれは、両脚を前に伸ばして坐り、膝の下に腕を通して、上体を前に倒すというものですが、『ゲーランダ』では、

「両足首を性器の下で交差し、胴・頭・首をまっ直ぐに保つ」

ここにいう亀は、神々と魔族が甘露を得るために乳海を攪拌したとき、攪拌棒であるマンダラ山の支えとなったヴィシュヌ神の化身のクールマです。交差させた足首がその神話の亀に、直立させた上体がマンダラ山に見立てられています。甘露の源泉であるクンダリニーを刺激することを目的としたアーサナです。

そして、先の物語では、亀の名はカンブグリーヴァ(ホラ貝のごとき首)。渦を巻いたホラ貝はクンダリニーを連想させます。であれば、2羽のハンサはイダーとピンガラー。『ゲーランダ』のサンカタ・アーサナはこの物語をイメージングの下敷きにして、行じられるのでしょう。



古典のアーサナと完全に一致するポーズのほうが珍しいくらいです。なぜ、そんなことになってしまったのでしょうか? 

おそらく、20世紀ヨーガが、タントラをまったく無視したうえで、スウェーデン体操やデンマーク・システムといった西洋のエクササイズを参考に創作されたものであったからでしょう。

http://itotakeshi.blog33.fc2.com/blog-entry-100.html

これらのエクササイズの写真を見ると、今日アーサナと呼ばれるものとそっくりなポーズがいくつもあります。

それはそれで、かまわない。しかし、ハタ・ヨーガを名乗るのは、その開祖のゴーラクシャに礼を失することになる。今回の「ちょこっとサンスクリット」にも書いたように、ハタはタントラ儀礼から抽出されたもの。タントラから離れたエクササイズはもはやハタではない、とわたしは考えています。

YAJ定期講座の新しいテーマは、古典的ハタ・ヨーガの百科事典と称される『ゲーランダ・サンヒター』です。

【ちょこっとサンスクリット】 ダダンヴァット dadhanvat  दधन्वत्

【ちょこっとサンスクリット】
ダダンヴァット dadhanvat  दधन्वत्

前回はヴェーダ時代のバターオイル、sarpis(醍醐)とghṛta(ギー)を語りました。今回はチーズについて。
わたしは、いちどだけヨーロッパに行ったことがあります。ドイツ圏とスイスをちょこっとですが。チーズ好きにはたまりません。朝飯はいろんなタイプのチーズが食べ放題だし、レマン湖の畔のチーズ屋に入ったときは、鼻がとぐろを巻きそうな猛烈な臭いにうっとりとしたものでした。
ひるがえって、インドのチーズは、というと――
フレッシュタイプのカッテージチーズに類する“パニール”ばかり。牛のパニール、水牛のパニール、山羊のパニール……と素材の味がくっきりとし、たいへん美味しいのですが、ヨーロッパの熟成タイプに慣れると、もの足りない。しかし、前回述べたとおり、インドには7000年におよぶ酪農の歴史がある。その間には熟成タイプのチーズを作っていた時期もあったようです。
ヴェーダ文献における発酵チーズの名は“ダダンヴァット”。エメンタールみたいに穴のあるものと、ないものがあったそうな。どんな味がしたのだろう? どのようにして作ったのだろう? 
気になりますよね。製法は不明とされています。でも、推測するヒントはあります。“ダダンヴァット”という言葉そのものです。

パニール(panīr)と前述しましたが、“パニール”は中世にインドに入ったテュルク(中央アジアのトルコ族)起源のヒンディー語です。ほぼ同じもの――すなわち、沸かしたミルクに酸汁や植物の汁などを添加して固形成分を分離したものは、サンスクリットではアーミクシャー(āmikṣā)と称されます。
パニールは、お菓子や料理に供され、これ以上加工されることは、後述する若干の例外を除き、ほとんどありません。しかし、古代のアーミクシャーからは、さらに2つの方法で、保存用のチーズが作られました。
ひとつは、細長い棒状に成形して、天日で干す。このドライチーズは“クシーラ・ヤシュティカー”(kṣīra-yaṣṭikā;「乳の棒」)とよばれ、同様のものは現在のチベットやアフガニスタンでも作られています。
もうひとつは、発酵させる。ダダンヴァットは「ヨーグルト(dadhan)を有するもの(vat)」の意。おそらく、アーミクシャーをヨーグルトや塩や生薬などとともに素焼きの壺に漬けこんで、自然発酵をうながす。発酵チーズというより、「パニールの漬け物」といったほうがイメージが摑みやすいかもしれません。「豆腐の味噌漬け」に近い雰囲気もあります。
しかし、この方法でも、生のアーミクシャーにはない、発酵食独特の複雑なアロマをまとったチーズを作ることができます。そして、気温・湿度・周辺の菌などの条件がそろえば、「穴」もあいたことでしょう。なお、エメンタールチーズの穴は、乳搾りに使われるバケツの中に落ちた干し草の粒子が核となってできるそうです。

インドのような暑熱の地では、発酵の利より腐敗の害のほうが問題になることもあったのかもしれません。発酵ギーである醍醐同様、発酵チーズのダダンヴァットはインドの食卓から淘汰されてしまいました。しかし、その子孫ともいうべき保存タイプのチーズもいくつか細々と生きながらえています。
マハーラシュトラやグジャラートでつくられる“スーラト”は、パニールを塩を加えたホエーに漬けて若干熟成させた後、乾かしたものです。同様の方法でつくられる“バンダル”はクリームチーズを原料とし、味はずっと濃厚なものになります。
バングラデシュの首都ダカも乳製品で有名なところで、2週間ほどかけて水切り乾燥させた(その間に熟成が進む)パニールを、木材や牛糞で薫製にしたチーズが知られています。

【コラム】ガタスタ・ヨーガ

【コラム】ガタスタ・ヨーガ

前回につづき『ゲーランダ・サンヒター』についてお話しさせていただきます。
『ゲーランダ』は、1700年ごろ、ベンガルでつくられたハタ・ヨーガ文献。作者については、ヴィシュヌ教徒であった、という以外なにも知られていません。しかし、わたしは、解読を進めた結果、彼はバウル、ないしはバウルに近しい人であった、と考えるようになりました。バウルについては↓
http://itotakeshi.blog33.fc2.com/blog-entry-152.html
1700年ごろ、ベンガル、ハタ・ヨーガ、ヴィシュヌ教徒……という条件に当てはまるのはバウル以外にいないからです。そして、バウルの作品として見れば、なるほど、この身をもって生まれたことを尊し、とするサハジャ思想が全編に脈打っています。
伝統的なヨーギンは、大地をしばしば「粗大なもの、輪廻の象徴」として厭います。けれども、人間は大地を離れては存在しえない。作者は、われわれの注意を、土から作られる「壺」に集中せしめます。
「壺は、しっかりと焼成(しょうせい)せねばならぬ。アーマ(生)な壺――つまり、焼いていない壺、焼きの甘い壺は、すぐに壊れてしまう」
「ハタ・ヨーガ文献」と前述しました。じっさい、そのように信じられています。ところが、作者は“ハタ・ヨーガ”という語を一度も使っていません。たしかに、ハタから材を借りてはいます。アーサナ、ムドラー、プラーナーヤーマなど。しかし、Ha(太陽)とṬha(月)に代表される二元性を止揚して空(くう)なるものに到る、というナータ派のハタ・ヨーガの体系に従うものではありません。
『ゲーランダ』は、“ガタスタ・ヨーガ”を名乗ります。「壺(Ghaṭa)として在るため(stha)のヨーガ」です。土から壺を作るのと同じプロセスで、われわれは聖化され、アートマンを容れるカラシャ(ご神体としての壺)になる。作者は、バラモンではなく、土器職人(シュードラ)の出身だったのかもしれません。ナータ派のゴーラクシャが、やはりバラモンではなく、牛飼い(シュードラ)の出身であったごとく。
土は、次の7段階を経て、聖なる壺カラシャになります。
①土を調整し、②チャクラ(ろくろ)を回して壺の形を引き出し、③生地を叩き締め、④乾燥させ、⑤焼成し、⑥装飾し、⑦聖水を容れる。
同様に、人はガタスタ・ヨーガの7段階を経て、アートマンの容器になります。
①シャトカルマ(6つの浄化法)、②アーサナ、③ムドラー、④プラティヤーハーラ(制感)、⑤プラーナーヤーマ、⑥ディヤーナ(禅定)、⑦サマーディ(三昧)。

最初のシャトカルマは、土の調整に相当します。池や川床から調達した土をよくこね、空気を抜き、じゃまなものを排除する。たとえば、砂粒が混ざっていれば、ろくろを高速で回すとき、指を切ってしまいます。空気が混ざっていれば、焼くと割れてしまいます。
同様に、生まれもったこの身をアートマンを容れる最高の器にするためには、まずじゃまなもの――アーマ(未消化物、汚物)を徹底して排除しなければなりません。ヨーガはここでアーユルヴェーダと理念を共有します。そのためのアーユルヴェーダの法が、催吐、瀉下、経鼻、浣腸、放血のパンチャカルマ(5つの処置)。ようするに、体内の汚れた血を取り出したり、アーユルヴェーダの薬剤を飲ませたり肛門から注入したりして、無理やり吐かせたり下痢させたりするわけです。
そして、そのヨーガ・バージョンが、ダウティ(清掃)、バスティ(浣腸)、ネーティ(鼻の清掃)、ラウリキー(腹部揺動)、トラータカ(凝視)、カパーラバーティ(頭蓋点灯)のシャトカルマ。
違いは、アーユルヴェーダでは医師が患者に施す、ヨーガでは行者がおのれに施す。そして前者では多様な薬剤や器具を用いるのに対し、後者では心を用いる――ということに尽きるでしょう。
たとえば、両方に浣腸があります。アーユルヴェーダでは、医者が患者の肛門に薬液を注入する。しかしヨーガでは、ヨーギンが意志の力を用いて、肛門から水を吸い上げる。もちろん、そんなこと一朝一夕にできるはずがありません。だからこそ、シャトカルマはそれ自体がサーダナ(行法)なのであり、ヨーギンは粗大な肉体を手がかりにし、微細な心にアプローチしてゆくのです。

伝統的なヨーガと異なり、ガタスタ・ヨーガには粗大と微細のあいだに断絶はありません。
YAJ定期講座『ゲーランダ・サンヒター』では、簡単にできて有益なシャトカルマから高度なサーダナまで、ハタ・ヨーガとはニュアンスを若干異にするガタスタ・ヨーガを実践的にお伝えします。

【ちょこっとサンスクリット】サルピス sarpis 




この10年ほど、ミルクや乳製品の悪口をいうかたがいらっしゃいます。「肥満やガンやアレルギー、生活習慣病のもとだ」と。
同じものを、インド人は数千年ものあいだ、礼賛しつづけてきました。アーユルヴェーダは「ギーには、千の使い道あり(sahasra-upāya)」と謳い、仏典の『涅槃経』は、ギーと同様のバターオイルである醍醐(だいご)を、「これを服まば、一切の病は除かれん(sarva-roga-praśamaṇa)」と讃えます。
まるっきり正反対。どちらが正しいのでしょう? わたしは10年よりも数千年のほうをチョイスします。ミルクや乳製品とオサラバする気持ちはまったくないし、毒と思って食べれば毒となり、薬と思って食べれば薬になりますから。
ここではギーや醍醐のことをちょこっとお話ししましょう。

「数千年」と漠然と書きましたが、「7000年」あたりが妥当な数字かと考えています。
インド(正しくは、考古学のモデル地区であるメヘルガル遺跡)では、約7500年前にコブウシの飼育と土器の製作が始まります。ミルクを搾って溜めるにも、それを沸かし、さまざまな乳製品をつくるにも、土器の存在が大前提となる。であれば、インドでのミルクの利用は、遅くとも7000年前には始まっていた、という計算です。
そして、ミルクの利用はヴェーダ文化の大きな特徴の一つですから、ヴェーダ時代の夜明けもこのころと見てよいでしょう。
約5000年前にインダス文明がスタートします。「インダス=リグ・ヴェーダの文明」とつねづね記してきましたが、この間の2000年は、ミルクのあらゆる可能性を追求するには、じゅうぶんすぎるほどの時間でした。
ヴェーダ文献には、ヴェーダ儀礼に関連して、乳製品のことが豊富に記録されています。なかでも、もっとも重要なものが、「醍醐味」というときの醍醐。そう、仏典で「究極の美味」とうたわれる醍醐でした。前述の『涅槃経』にその製法が載っています。
「乳(kṣīra)から酪(dadhi、ヨーグルト)が、酪からは生酥(kūrcikā、クリームを含む固形分)が、生酥からは熟酥(kūrcikā-vikṛti、発酵した生酥)が、そして熟酥から醍醐(sarpis)ができる」
これは、チャーニング(攪拌)という技術が導入される以前の、バターオイルのつくりかたを説明したものです。
すなわち、ミルクを煮沸し、ヨーグルトにする。固まる間に脂肪分の多い成分が浮上するから、それを回収し、素焼きの壺などに容れてしばらく放置して、自然発酵をうながす。それをもう一度煮沸して、乳脂肪を分離させたものが、醍醐ことサルピスということになります。sarpisの語根は√sṛp(行く)。供物として祭火に注がれ、天上の神のもとに「行く」から、サルピスなのです。
ギーは、サンスクリットではグリタ(ghṛta)。√ghṛ(注ぐ)の派生語で、祭火に「注がれるもの」。ヨーグルトをチャーニングして、バターをとり、それからバターオイルを溶融させます。つまり製法としては、醍醐よりもずっと進化している。
しかし、醍醐とギーの違いは製法だけではありません。聖典ははっきりと区別しています。簡単にいえば、発酵したバターオイルが醍醐で、無発酵のものがギー。とうぜん、香りも大きく異なります。熟成タイプのチーズと、フレッシュタイプのチーズの違いです。芳醇と清純の差です。
もっとも、発酵というプロセスが加わるゆえに手間のかかる醍醐は、古代のうちに廃れ(まったく消滅したわけではない)、中世以降はギーが主流になりました。

サルピスとグリタ。製法や香りに違いはあれど、いずれも、「祭火の供物」をあらわす言葉です。
バラモンの護摩(homa)に何度か立ち会ったことがあります。ギーを入れたバケツみたいな容器をいくつも並べ、マントラを唱えて、スワーハー(svāhā)と発声するたびに、大きなオタマみたいな柄杓でジャバジャバと献供(けんぐ)します。
祭場はミルクの豊饒で馥郁たる香りにつつまれ、わたしは――
(ギーだけで、日本だったら、ン十万円するぞ)
ついつい俗っぽいことを考えてしまいます。いや、ギーは、貴重なミルクのエッセンス。最も尊いものだからこそ、神に捧げる供物となりうるのです。
「護摩の油、何使ってるの?」と、知り合いの密教の坊さんに訊いてみました。
「スーパーで売ってる一番安いサラダ油」

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インド作家_伊藤武(クルシー)

Author:インド作家_伊藤武(クルシー)
 
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