バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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パートラ pātra  पात्र【ちょこっとサンスクリット語】


タイ語の語彙の約3割が、サンスクリットまたはパーリ語に由来するそうです。たとえば、「食事」を意味するアーハーンはサンスクリットのāhāra(食物、滋養物、栄養のある物)から。「パフユット」(古式ムエタイ)は同じくbāhu-yuddha(素手の戦闘)から。

日本でも、サンスクリット由来の言葉が1割はあるのではないでしょうか。今回は「日本語になったサンスクリット」の第二弾(第一弾はhttp://itotakeshi.blog33.fc2.com/blog-entry-85.html)。



人気のシンギングボウル。もともとは僧侶やサードゥが托鉢(たくはつ)にもちいる鉢(はち)です。

サンスクリットでいえば、パートラ(pātra)。「水などを飲む(√pā)道具(tra)」が原意で、「杯や鉢などの器、[布施をするにあたいする]価値ある人」といった意味になります。

しかし、鉢のサンスクリットがパートラなのではなく、パートラが訛りに訛って、現在の「はち」に落ち着いたというのが正解。

パートラはまず中国で「鉢多羅」と音訳されました。鉢はpātraを写すために造られた漢字で、意味はありません。その鉢多羅が日本に入ってきたものの、日本人は多羅を落として「鉢」だけにしてしまい、これを「ぱち」と呼んでいました。

鎌倉時代あたりまでは、ひらがなで「はひふへほ」と書いても、上下の唇を触れあわせてから発声する唇音の「ぱぴぷぺぽ」で読んでいたのです。

「くちびるが二度くっついて、別れるものはなあに?」当時のなぞなぞです。

「母」が答え。

「はは」 と発音するのであれば、上下の唇の出会いはない。しかし、「ぱぱ」であれば、唇が2回接触することになる。むかしの「はは」は「ぱぱ」だったのです。

それがやがて、「ふぁふぁ」(fafa)となる。キリシタン文書では平家物語の平家が“Feike”、博多が“Fakata”とローマナイズされているから、それがわかります。f も上下の唇の出会う唇音です。

「鉢」は近世初期あたりまでは「ふぁち」。江戸時代もだいぶ経ってからようやく「はち」になります。



「は」が古くは「ぱ」で発音されていたのであれば――

機織りなどのいうときの「はた」(機)は「ぱた」であったことになります。そして、これはサンスクリットのパタ(paṭa)そのもの。√paṭ(糸を紡ぐ/機を織る)が名詞化した語で、「布(特に木綿布)、織物、更紗(さらさ)などの美しい布、布絵」などの意味になります。

インドは綿と染めのふるさとで、インダス文明の時代から更紗を西アジアやエジプトに輸出していました。paṭaは上代に仏教とともに日本に入ってきた梵語とされています。



おなじく「はた」と発音される「旗/幡」もサンスクリットのパターカー(paṭākāまたはpatākā)が起源です。布絵としてのpaṭaから派生した語で、仏や菩薩を荘厳・供養するための仏具として日本に入ってきました。パターカーも単に「ぱた」と呼ばれるようになり、仏具としてしてのそれには通常「幡」(はた、ばん)の字が当てられます。それが、侍の旗印(はたじるし)や国旗などの「旗」に発展します。



意外なところでは、芸者や遊女などを揚げる「花代」の「はな」も、古代インドの通貨パナ(paṇa)に由来します。

辞書によると1パナはカウリー(貨幣として用いるタカラガイ)80個分の価値があったとか。それがどのくらいの価値になるかわかりませんが、京都の色街で遊んだ比叡山のエロ坊主たちが口にした言葉が定着したようです。
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夏野菜のスープカレー【コラム】



6月の誕生日には、たくさんの人からお祝いの品々をいただきました。お酒、アーユルヴェーダのヘアオイル、ココナッツオイル、珍しいニームの蜂蜜などなど。ありがとうございます。

わたしの栄養状態を心配してくれてか、コールラビ、ベビーコーン、大きなズッキーニ、赤や黄色のパプリカ、カボチャなどの夏野菜もいただきました。これらは長く置いておけるものではありません。どう料理したものか? 

手間がかからず、全部いっぺんに調理できるもの……一瞬悩みましたが、すぐに天啓が降ってきました。

札幌のさわやかな空気の中でなんどか食べたスープカレー。スパイスの効いたさらさらのスープのなかで、大きく切ったいろんな野菜が色あざやかに乱舞している。絶妙なコンビネーション。中国や朝鮮の薬膳スープ、南インド、スリランカ、インドネシア、タイなどの汁気の多いカレーがヒントになったとされるが、どれにも偏らないコスモポリタンな雰囲気がいい。

野菜カレーの王様はタミルナードゥのサンバルにちがいない。でも、この鬱陶しく、からだが重々しく感じる季節には、軽やかなスープカレーがいい。

といっても、スープカレーなんて、これまで作ったことはありません。しかし今はネットにあたれば、世界中のほとんどあらゆる料理のレシピが手に入ります。

東京カリ~番長さんのレシピを参考にしました。

https://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/tokyocurrybancho/17-00116



大ざっぱに書けば――

① トリ肉に塩胡椒し、少量の油で色づくまで焼く。

② タマネギをアメ色になるまで炒める。説明どおりにやれば10分でできる。

③ ②と同時に野菜くず(これも色づくまで焼いておく)を水で煮出す。

④ ②にニンニクとショウガのすりおろし、荒みじんに刻んだトマトを入れる。

⑤ 水気がなくなれば、カレー粉、パセリ、バジル、塩を加え、しっかり混ぜ合わせる。

⑥ ①のトリ肉、ジャガイモ、ニンジンを投入。

⑦ ③の野菜くずの煮出しを加えてよく混ぜ、フタをしてジャガイモなどに火が通るまで煮る。



これでほぼ完成なのですが、トッピング用のゆで卵、それと野菜類――この場合はコールラビ、パプリカ、カボチャを別に調理します。といっても、適当に切って、魚焼きグリルで焼くだけ。ベビーコーン、ズッキーニは火が通りすぎると面白くないから、⑦の最後でちょっと煮て、おしまい。



米飯にかけて食べる。うまい。

軽くスープをまとった野菜類が、それぞれの色、香り、歯触りを保ったまま、小気味よくスキップして駆けぬけてゆくようだ。なによりスープがいい。トリのうまみのすき間に野菜のコクがジグソーパズルのピースのようにはまりこみ、くっきりと縁どられた味わいをつくり出している。

③の野菜くずの煮出しの実力に気づきました。ふつうだったらゴミ箱にポイのはずの、タマネギの皮、ニンジンやトマトやヘタ、パプリカのヘタや芯、そしてこれは珍しいけれどコールラビの皮を煮ただけです。それが立体的な味わいをつくり出している。

しかし、考えてみれば、肉や魚もうまいのは皮や骨だ。野菜も同じこと。ラーメンに動物系スープと魚介系スープを合わせたダブルスープ方式がありますが、これもそれに類するものといえるでしょう。

香菜をたっぷり入れたい衝動にかられましたが、それをやると味がいっぱつでインドやタイに傾くので、却下。同様にスパイスも、シンプルに、カレー粉のみにする。ここは、無国籍の、コスモポリタン風の軽やかな味を楽しみたい。

夏野菜のスープカレー。おすすめです。

ムドラー mudrā  मुद्रा【ちょこっとサンスクリット語】


インダス文明の遺跡からは、数千におよぶ印章、つまりハンコが出土しています。石製で、一辺2センチから数センチの正方形、ないしは長方形。多くは動物――牡牛や象や犀や虎などが印刻されています。動物にかこまれてヨーガの坐法ですわるシヴァ神の原形とおぼしきモチーフもあります。芸術的価値の高いものも多い。

そして、ほとんどすべての印章にインダス文字がしるされているのですが、これはまだ解読されていません。解読が進まない理由は、多くの学者たちが、インダス文字を古代ドラヴィダ語に属する文字と見なしてきたため。また、せいぜい10に満たない文字数で、長いテキストが発見されていないため。

これまで何度も書いてきたようにインダス文明がヴェーダの文明であったとしたら、その文字は当然ヴェーダ語(サンスクリットの前身)です。しかし、ヴェーダ時代は文字はあっても、それを使って聖典などを保存する習慣がありませんでした。書写したら、聖典の霊性が失われる、と信じられていたようです。ヴェーダのテキストはもっぱら神官の脳にのみ刻まれ(丸暗記され)、文字は商人によりメモ程度に使われただけでした。

わたしは、ヴェーダ語の、たとえばsvastiなどのごとき「めでたい言葉」をキーワードにすれば、インダス文字もすんなりと解読できるのではないか、と考えています(まだ試していませんが)。というのは、このインダスの印章こそが、最初の“ムドラー”であった、と思われるからです。



ムドラー(mudrā)には、「封印、貨幣、シンボル、錠、ダンスや密教儀礼で用いる手印、ハタ・ヨーガのプラーナーヤーマに関連した身体技法、秘密、神秘」など多くの意味がありますが、第一義は「印章」。その語源は、√mud(楽しむ/喜ぶ)と√rā(与える)。つまり、それは「喜びを与えるもの」でなければなりません。

インダスの印章に刻まれた動物は、部族のトーテムなど喜ばしいとされた動物だったのでしょう。

馬と牝牛を刻んだ印章は、これまで発見されていません。そのため、「インダスには馬はいなかった。馬はアーリヤ人にインドによってもちこまれたのだ」という説が唱えられたこともありましたが、ならばインドには牡牛だけがいて、牝牛は他所からやってきた、という理屈になってしまいます。そして、インダスからは馬の骨もふつうに出土しています。おそらく、馬と牝牛は神聖すぎて、庶民は印章のモチーフとして使えなかったのでしょう。

ヴェーダ時代には、神馬を自由に走らせるという帝王にのみ許される祭事、アシュワメーダ(aśvamedha;馬祀祭)が行われていました。ならば、馬は王の中の王にのみが用いることのできたシンボルだったとにちがいありません。



インダスでは、これらの印章は、荷物や商品のパッケージの封印に用いられました。また、紐を通して、お守りとして首から下げられていたようです(これは『マハーバーラタ』に記述があります)。インドは中世あたりまでハンコ社会で(サインが一般的になるのはイスラム支配の影響)、印章付き指輪が、やはりお守りとして広く用いられていました。

“ムドラー”のその他の意味は、印章のそうした用法から、連想ゲーム式に派生しました。

印章はその持ち主をしめす印(しるし)であるところから、「シンボル」の意が生じ、ハンドジェスチャーでしめすシンボル、すなわち「手印」になります。金属片にその価値を保証する権力のシンボルを刻印すれば「貨幣」になります。

印章が商品などの「封印」に用いられたところから、「錠」の意味が生じます。また、ヨーガには身体の一部(脈管やチャクラなど)に「プラーナを封じる技法」がありますが、これも“ムドラー”と称されます。さらに、このヨーガのムドラーからさまざまな超能力が得られるため、「秘密」や「神秘」も同じ語で呼ばれることになるのです。

苦しいときのオイル頼み【コラム】



「頭の毛が寂しくなってきたら、ココナッツ油でトウガラシを煮て、それを塗っておけば、またふさふさしてくる……」 拙著『身体にやさしいインド』(1994年)より



インドでは、何でもオイル。

冬に冷たい川で沐浴するときも体にオイルを塗るし、マッサージはもちろんオイルまみれ。ヨーガや武術の道場を覗いても、オイルを塗りたくっています。怪我をしてもオイル。病気もオイル。健康維持にもオイル。鼻にオイル。目にオイル。ヘソにもオイル。うがいもオイル。オイル、オイル、オイル……老いる、ん?

むかし、しょっちゅうインドに行ってたころは、マネをしてオイルを塗っていた時期もありました。でも、寝袋は臭くなってしまうし、日本に帰れば故国の風土に合わないし(服や家のなかが汚れる)、けっきょく身に付きませんでした。

若いうちは身も心も脂ぎっていますから、オイルなど必要ないのかもしれません。けれども、年をとると体質がヴァータに傾き、体から脂っけが抜けてしまう。それこそ老いてこそ、オイルのありがたみが、しみじみと身に沁みてきます。植物の精(エッセンス)であるオイルが、足りなくなった分を補ってくれるのでしょう。

膝のマルマ(ジャーヌ)を損傷して、歩くのにも苦労した時期がありました(ツエをついてた)。が、先年スリランカに行ったとき、ふつうに売っている怪我用オイルを2ボトル買ってマッサージをしているうちによくなりました。

しかし、若いときムエタイのキックをひたすら練習した後遺症で、足首のグルパ・マルマに不調があるため、オイルマッサージを続けています。サンドバッグなどを打ったり蹴ったりする稽古は、その都度ケアしておかないと、年をとってから異常が出る人が多いようです。拳も、肘も、足も、膝も、マルマですから。



さて、1年前、ハゲかけてきて、かなり焦りました。YouTubeで、かつて、

♪髪の毛が長いと 許されないなら~

と歌っていた(『戦争を知らない子供たち』1970年)杉田二郎さんが、かなり後退した髪をして同じ唄を歌っているのを見ると、なかなかアジわい深いな、と思うのですが、それはフォークの大御所の彼だからこそ。わたしなんぞがハゲたら、どちらが頭だか尻だかわからなくなってしまう。

そこで、思い出したのが、冒頭に書いたアーユルヴェーダ医の言葉。トウガラシ煮込みは試していませんが、ココナッツオイルを塗っているうちに、またふさふさしてきました。たまに会う人からも、

「髪の毛が元気になりましたね」

といわれますから、しばらくは大丈夫でしょう。またヤバくなったら、トウガラシの出番です。

興味のあるかたもいらっしゃるでしょうから、ココナッツオイル・ヘアケアのやりかたを書いておきます。



ココナッツオイルは特別のものではありません。アジア物産店で売ってる安いやつです。

こいつを(冬はカチンカチンに固まるので湯煎)手に取り、薄くなったところを中心に、頭皮全体をマッサージします。タオルを巻いて、キャップをかぶって、最低1時間以上そのまま。アーユルヴェーダ的にいうと、この方法は脳のためにもよいそうです。

風呂に入って、シャワーの温水を当てながら、ブラシで頭皮をマッサージ。

それからシャンプーでオイルを落とします。シャンプー剤によっては、なかなかオイルが落ちてくれないかもしれません。そうしたときは、シャンプーを直塗りして、しばらくおいてから洗い流すと、落ちてくれるようです。

初めのうちはほとんど毎日のようにしていましたが、髪がだいぶ戻ったので、今は週に一度ほどやっています。


【ちょこっとサンスクリット語】プージャー pūjā पूजा





プージャーは、太古のヴェーダ儀礼とは異なるヒンドゥー教の礼拝法で、「供養」と漢訳されます。でも供養だと、「先祖供養」とか「水子供養」みたいな言葉が浮かんできて、イメージがちょっとつかみにくいかもしれません。pūjāは√pūj(もてなす)が女性名詞化した語で、「[神の]おもてなし」。

女性名詞と書きましたが、ここがちょっとキモ。なぜなら、ヤジュニャ(yajña<√yaj祭る)と称されるヴェーダの供犠は、男性名詞ですから。ヤジュニャとプージャーには、たしかに男と女の違いが表れているようです。

ヤジュニャでは、供物を祭火に投じます。供物は火に焼かれ煙に乗って、はるか天界(高次元)の神々に届けられます。このとき屋根がじゃまになりますから、通常は屋外で行なわれます。ヴェーダの祭壇は、ヤジュニャのたびに造られ、それが終わると解体されました。

対するプージャーは、神をお招きして、

――尊いゲストとしておもてなしする

という女の子の「おままごと」めいた神事です(“プージャ”って書いてるひとが多いけど、語尾を長く伸ばさないと女性名詞になりません)。

「おままごと」ですから、「おうち」が大事になります。ヴェーダ時代にはなかった「寺院」(mandira)も「偶像」(mūrti)も、プージャーのために作られるようになりました。そして――

「神」(形なき霊)を、寺院の「神体」(本尊、偶像)のなかにお招きし、

足を洗う水、口をゆすぐ水、甘露水(蜂蜜ラッシー)で歓迎し、

沐浴していただき、身につける衣服・装身具・塗香を捧げ、

花を献じ、香を焚き、火を灯し、歌やダンスを楽しんでいただき、

食事を供する。神に、この「おもてなしフルコース」に満足して、お帰りいただく。

神が[香りだけを]召し上がった食事は、礼拝者へのプラサーダ(恩寵)となる。

それがプージャーです。



やがて、プージャーは、抽象化されます。

神を迎える「おうち」としての寺院は、マンダラやヤントラによって象徴されるようになります。マンダラ/ヤントラは、寺院の平面図をデザイン化したものなのです。

そして、マンダラやヤントラを観想し、そのなかにおわします神を、種字やシンボルとして観じ、花や食事を捧げる――などの礼拝行為をも、マントラや手印(hasta-mudrā)を介して、想う。

そういう瞑想が生まれました。さらに、粗大(具体的なもの)よりも微細(抽象的なもの)を高級とするインド人の発想にしたがい、

――このイメージ瞑想を行なうことは、じっさいに寺院を詣でる以上の功徳を積む。

と考えられるようになっていきます。



究極のプージャーは、マンダラやヤントラをおのれの身体にインストールし、わが身を寺院と化して神をお迎えし、おもてなしすること。これは「内なるプージャー」(antaḥ-pūjā)、「内的供犠」(antar-yāga)などと称され、チャクラはそのための神の座として発想されました。

この場合、身体のさまざまな生理作用が、おもてなしのアイテムとなります。

蓮華の蕾のごとき形をした心臓は、カマラ(紅蓮華)の献花。

ドッ、ドッとその心臓の打ちならすビートを神に捧げる音楽にする。

心臓をつつむ丈夫な組織(心膜)は、絢爛豪華な錦の衣。

心の移ろいは、神の前で舞いおどる霊妙なダンス。

体の恒(つね)なる温もりは、消えることなき灯明。

そして、脳髄からしたたる甘露(アムリタ、脳内麻薬)を食事として召し上がっていただく。

密教またはタントラのヨーガは、こうして、プージャーとともに生まれ、成長しました。タントラ文献では、内なるプージャーをして、“ラージャ・ヨーガ”と呼ぶことが多いようです。



内なるプージャーの観想には、身体技法がともないます。

たとえば、神の座に集中するのであれば、その部位にプラーナを封じる(ムドラー)。甘露を得やすくするために、なんらかのポーズを行なう(アーサナ)。

ハタ・ヨーガは、こうした内なるプージャーから抽出されたものといえるでしょう。



伊藤武




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インド作家_伊藤武(クルシー)

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