バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ

作家・伊藤武かきおろしーーーーー満月通信のコラム

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伊藤武ちょこっとサンスクリット【ダーラ dāla दाल】


ダーラとは、インド料理でおなじみのダールのこと。今回は、ダールとその周辺のマメの調理法についてのお話を——
初めてインドを旅する人のなかには、ダールが苦手、という者も多い。たしかに、安めし屋で食べるダールスープは、ぼそぼそしていてエグクて味気ない。でも、その素っ気なさに潜むしみじみとした旨味に目覚めるころは、もう立派なインド通。もちろん、ダールは高級レストランでいただくグルメ料理にも化ける。
ダールは、インドの知恵の結晶です。

さて、いまのインドでは、「マメ全般」や「ダールスープ」も“ダール”と呼んでいるようですが、狭義には「皮を剥いて、ひき割りにしたマメ」。梵dālaは、√dal(細かくする/砕く)の派生語ですから。すなわち——
マメを半日水に漬ける。マメは、水を供給されると、ただちに発芽の準備を始める。つまり、モヤシとしての代謝が始まっている。
酵素が活発に活動し始めていて、タンパク質をアミノ酸に、デンプンを糖類に分解して、根が生育するためのエネルギーや養分の準備をし、大量のビタミンCも合成する。この段階で、もういちど乾燥させてから、臼でひき割りにし、皮を剥いてやる。
以上が、ダール加工です。
ほとんどのマメは何らかのアクないしは有害性分を含んでいますが、それらは皮の部分に集中しています。ですから、皮を取ることはひじょうに有益です。
さらに皮を剥いて裸にすることによって、丸のままでは煮えにくいマメにもすぐに火が入ります。

おそらくインド人は世界一の豆食い人種で、マメの種類も豊富ですが、それらは、新大陸原産のインゲンなどを除けば、インダス文明時代にはほとんど出そろっていました。なかでもダールとして重要なものは、ムーング(緑豆;梵mudga)、ウラド(ケツルアズキ;梵māṣa)、アルハル(キマメ;梵āḍhakī)、チャナ(ヒヨコマメ;梵caṇaka)、マスール(ヒラマメ;梵masūra)。
しかし、dālaという語は、2世紀ごろ成立の医書『チャラカ本集』には出てきません。文献上の初出は13世紀(吉田よし子著『マメな豆の話』)。そのため、古代インドにダールはなかった、とも云われています。
しかし、『チャラカ』には、パルパタ(parpaṭa)なるものが登場します。こいつを作るには、マメをまずペーストにしなければなりません。すなわち、一晩水につけてから、石臼でゴリゴリとすって割り、これを水に漬けてからもんで、浮いてくる皮を除く。ここまではダール加工と同じです。
こうして裸にしたマメをすり潰して、つなぎの小麦粉やスパイスなどを混ぜて、バナナの葉に薄く貼りつけて天日干ししたものがパルパタ。今日、インドレストランでビールのおつまみとして出てくるパプラ(パパドともいう)が、その直系の子孫にあたります。
また、古代の文献には、マメ・ペーストを団子にまるめて天日で干したヴァティカー(vaṭikā)や、油で揚げたヴァダー(vaḍā)なんてものもしるされています。前者は今日のバリー(カレーの具材にする)、後者はワダに相当します。
してみると、ダール加工自体はマメの調理法の一部として、家庭レベルでは初期から行なわれていた。が、それは調理の中途段階であり、ひき割りにしたマメを再び乾燥させて保存するようなことはなかった。“ダーラ”が商品としてひろく市場に出まわるには、中世を待たねばならなかった——といったところでしょう。
ともあれ、ダーラの出現は、インドの食卓を一変させたにちがいありません。
スーパ(スープ)や前述のパルパタなどの面倒なマメ料理が、簡単にできるようになりました。ダーラは、粉(cūrṇa)にしても利用できます。テンプラの衣にしたり、小麦粉に混ぜてパンにしたりします。
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伊藤武コラム【ウコンは効かない?】


『ウコンは効かない』なんて論説がネットに出まわってます。
グルテンはだめ、ミルク・乳製品は悪い、ジャガイモはよくない……やれやれ、またか、という感じ。
件(くだん)の『ウコンは効かない』の主旨は、「ウコンの主成分であるクルクミンにこれといった薬効は認められなかった。かといって、ウコンに効果がないとも云えない」。
だったら、最初から言わなければいいのに、と思ってしまいます。ことに健康にかんする「科学的」見解には軽薄なものが多い。悪意のあるものも少なからずある。
最近、「もっとも優秀な油」として注目されるようになったココナッツオイルは、ちょっと前まで、医学的にはよくない、と云われていました。だから、かつてのスリランカやバリの料理からはココナッツオイルの甘い香りが芬々(ふんぷん)と立ちのぼってきたのに、いまではまったく匂いがしません。
人びとが長いあいだ利用してきたものが否定されるときは、必ずカネが絡んでいます。
小麦もミルクもジャガイモも、人類の何千年来の恩人。それらにほんとうに害があったとしても、悪いのは、金儲けのために遺伝子を組み換えたり、
牛に地獄の責め苦のようなストレスを与えて、そうした危険な食物にしてしまった、恩知らずで残酷な人間のほうでしょう。
繊維に、食糧に、医薬に、お楽しみに……と世界中で太古から人びとの暮らしを支えてきた大麻が「だめゼッタイ!」になったのも、大麻の繊維からは良質の紙が安価に作られるため、アマゾンの森林に権利をもつアメリカの金持ちが儲からないから——が、いちばんの理由です。
医療大麻の可能性が叫ばれていますが、安い大麻でガンが治ったら、困る人も出てくるでしょう。ガン治療は、カネのなる木。ビッグビジネスのひとつですから。
ココナッツオイルを悪者に仕立てたのも、スリランカやバリからそれがきれいさっぱり失われたことを考えると、産地国に遺伝子操作した油料作物のタネを売りつける企業の戦略だったのかもしれません。
今回のウコン云々(うんぬん)も、うさん臭い。
何を信じたらよいか……そんなとき、気の遠くなるような時間をかけて、生命を養い、はぐくんできた伝統医学が頼りになります。

インドでは、ウコンが、ほとんどすべての料理に使われています。もちろんアーユルヴェーダの治療にも用いられ、その用途は、肝臓病、健胃、駆虫、腫れ、糖尿病、アレルギー、息切れ、疼痛、老衰……と、数え上げればきりがありません。
まずウコンには、細菌やカビの生育を抑える抗生物質様の成分が含まれています。この植物は、しばしば不浄な、菌類がうようよいる土壌で成長します。生き残るためには、抗菌力を持たざるを得なかったのです。
人体に入ってからは、ウコンは強力な浄化剤の役目を果たします。グルタチオンはおそらく肝臓においてもっとも重要な分子と思われ
ますが、「肝臓の生薬」ウコンはグルタチオンを増加させ、結果として肝臓の解毒能力を強化し、血液をクリーニングするのです。
インドでは大量の油で料理するのにそれほど油っぽく感じないのも、ウコンのおかげ。ウコンが、脂肪を分解する胆汁の分泌を促進します。これは、やせ効果がある、ということでもあります。日本で夏バテのときカレーを食べると元気が出る、というのも、カレー粉のなかのウコンが、体全体の調子を有機的に高めるからです。
もちろん、抗ガン作用もまちがいなくあります。たとえクルクミンに効果がないとしても、ウコンにはガン細胞の発育を抑制するアルカロイドや、ケルセチン、ケンフェロール、ゲニステイン、レスベラトロールなどのフラボノイドが豊富に含まれています。
インドは、他の国に比べて、ガン発生者が極端に少ない——というのが、ウコンのすぐれた薬効の証明になるでしょう。
そして、ウコンは、もっとも安いスパイスでもあるのです。

伊藤武ちょこっとサンスクリット【ダーニヤー dhānyā धान्या】

ドクダミとカメムシを混ぜ合わせたような強烈な臭い。
香菜(コリアンダーの葉っぱ)は、タイ語の“パクチー”の名で今ではすっかりお馴染みになりましたが、20世紀にアジアを旅した日本人にとって、避けては通れぬカルチュアショックの〈におい〉でした。
ナンプラーとニンニクとパクチーがねっとりとまつわりついてくるタイの〈におい〉、カレーとダールとハリ・ダーニヤー(香菜)が灼熱に炙られるインドの〈におい〉、カバーブとヨーグルトとクズバラ(香菜)がアザーン(大音響で流される礼拝への呼びかけ)とともに沁みこんでくるアラブの〈におい〉……安宿に棲みつくナンキンムシを潰したときに嗅ぐ痒い痒い〈におい〉にも似ています。
旅のベテランでも「なんでも食べられるが香菜だけはダメ」という人が多いのですが、幸いわたしはすぐに慣れました。いったん馴染むとなんにでも、こいつを入れたくなってしまいます。アクのつよさが心の襞に染みついて離れぬうまさに変わります。カレーの仕上げに香菜を振りかけないと、
インドカレー独特の風味が出ない。ラーメンにも香菜が入っていないと、面白みがない。

香菜は、サンスクリットではダーニヤー(dhānyā)。注意していただきたいのは、語尾が「ヤー」と長母音になっていること。短くダーニヤだと、別のものになってしまいます。
ダーニヤ、そしてダーニヤーは、√dhā(置く/据える)に派生する語で、「食の中心に据えられたもの」。
中性名詞のダーニヤ(dhānyam)は、主食である「穀物」をさします。dhānya-rājaḥ(穀物の王)といえば、ヴェーダ時代の主食のオオムギ、dhānya-uttamaḥ(最上の穀物)となればコメ。
また、ダーニヤの前に芒(のぎ)をあらわすシューカをつけてśūka-dhānyamとすれば、コメやムギなどのイネ科の穀物。莢(さや)
をあらわすシャーミをつけてśāmi-dhānyamとすれば、豆類の意味になります。
コリアンダーのことを“ダーニヤ”と云わないこともないのですが、その場合は「種子」(bīja)に限定されます。コリアンダーの種子は、葉からは想像もつかない甘いオレンジ畑の匂い。じっくり煮込むタイプのカレーをつくるときは、他のスパイスとともにひき潰したコリアンダーの種子をたっぷりと加えます。すると、タマネギと結びついて、うまみととろみになるのです。
けれども、葉っぱをいうときは、女性名詞の“ダーニヤー”にしなければなりません。「緑」をあらわすハリを冠して、hari-dhānyāと呼ぶこともあります。
植物をあらわす名詞は、木は男性、草は女性、花や種子や果実は中性が原則です。木であっても、その葉をしめすときは、女性になります。
ここらへんのセンスはなかなかわかりづらいのですが、ヒマラヤ(Himālayaḥ)などの山の名のほとんど(例外もある)が男性、ガンガー(Gaṅgā)などの川の名のほとんどが女性であることを考えると——
動かないものが男性で、動くものが女性。草や葉は風に吹かれて動くから女性、木は動かないから男性ということなのでしょう。

コリアンダーは、地中海地方が原産のセリ科植物ですが、考古学的遺物から、インダス文明時代にすでにインドに入っていたと考えられます。
そして、コリアンダーが、サンスクリットで穀物や豆とともに「食の中心に据えられたもの」とよばれて、主食扱いされてきたことが興味深い。
最近、日本でも、デトックス効果や老化防止効果など香菜の薬効が云々(うんぬん)されるようになりましたが、古代インド人は、
そんなこと経験的に知っていたのでしょうね。

伊藤武コラム【パクチー・マニア】

ドクダミとカメムシを混ぜ合わせたような強烈な臭い。香菜(コリアンダーの葉っぱ)は、タイ語の“パクチー”の名で今ではすっかりお馴染みに……あらら、「ちょこっとサンスクリット」と同じ出だしになってしまいました。
香菜の初体験は、忘れもしません、1979年、インドに行く前に立ち寄ったタイでのこと。名物のトムヤムにもバーミナーン(ラーメン)にでも、なんにでも入っている。セリやセロリをうんと野性的にしたような感じ。抵抗はありませんでしたが、パクチーという名はもちろんのこと、コリアンダーという名すら知りませんでした。当時、日本ではほとんど知られていなかった、ということです。
インドに行っても、パクチー、いやダーニヤーは、おおかたの料理に入っている。インドに長居するうちにすっかり慣らされてしまい、日本に帰ってからは、手に入らないため、ずいぶんと淋しい思いをしました。
それが、今ではスーパーにも売っていますし、パクチー・マニアという言葉もあるほどですから、隔世の感を禁じえません。

もっとも、日本人が、長い歴史のなかで香菜をまったく知らなかった、というわけではありません。10世紀前半に成立した『延喜式』と『和名抄』に、生魚を食べるさいに必ず添えられる薬味として胡荽(「こすい」または「こにし」、香菜の古名)があげられています。江戸末期には、当時発明されたばかりの握りずしにも香菜が添えられていました。魚の毒消しの効が期待されたのでしょうね。
のちにこの役割はワサビに取って代わられ、日本料理における香菜は淘汰されてしまいます。
その香菜が最近になって再び注目を浴びるようになったのは、アジアの料理が身近になっただけではない。現代の生活において、身体がそれを求めているからではないでしょうか?
ネットで調べてみると、香菜にはさまざまな薬効があるようですが、なかでも注目すべきは、デトックス(毒出し)効果。環境汚染にともない、われわれの身体に蓄積する鉛や水銀やカドミニウムなどの重金属もすみやかに排出してくれるとか。
抗酸化作用も著しい。活性酸素はDNAを傷つけ、結果的にガンや糖尿病、動脈硬化などの疾病、しみ、しわ、そして老化を招く。それを防いでくれる。
各種ビタミン類も豊富ですから、アンチエイジング、強精、美容の強い味方ということになります。
嫌いな人には申し訳ないが、食べなきゃ損といっていいくらい。

香菜は好きな人にはどう食べてもおいしいのですが、わたしがよくやる食べ方を2、3紹介しましょう。
○カルパッチョ:平安時代の生魚の料理に香菜が用いられていたという。刺身(さしみ)と言葉が初めて現われるのは室町時代ですから、この場合の「生魚の料理」とは膾(なます)のこと。カルパッチョの親戚みたいなものです。生魚やタコを薄く切り、柑橘の汁、オリーブ油、塩、ニンニクでマリネし、いただくときに香菜を散らす。
○チャトニ:香菜、ミント、レモン汁、青トウガラシ、塩をペーストにし、揚げものなどのソースにする。香菜とミントは、味の上でも薬効の上でもたいへん相性がよく、インドでも人気のチャトニです。ミントはヒンディー語でプディーナー(pudīnā)ですが、このプディーナーはじつは日本のハッカが起源。日本ミント(ハッカ)が1962年にインドに導入され、以後ひろく栽培されるようになりました。
○五香辣油(台湾の調味油):香菜、ニンニク、ショウガ、青トウガラシ(または山椒の実)、八角(またはキャラウェイ)—
—これらを刻んで、ゴマ油、焼酎、酢(または梅酢)に漬け込む。香菜の難点はいたみやすいこと。が、これなら、保存がききます。
ラーメン、冷やし中華、ギョウザなどにたっぷりとふりかけます。

ラクシュミー Lakṣmī लक्ष्मी

【ラクシュミー Lakṣmī लक्ष्मी】

明けましておめでとう——と、新年を迎えるにあたって、インド人であれば、吉祥の女神ラクシュミーをお迎えする準備をします。
インドの元旦は州によって異なりますが、ここでいう新年は、秋のディーワーリー祭(梵Dīpāvalī;「灯明の列」の意)。
草ぶきの土の家に住む人も、見上げるような宮殿に暮らす人も、一様に、その日の夜の闇を、祭りの名の元となったオイル・ランプ(最近はエレクトリック・ランプ)の列で飾って。
光明は暗黒に対する勝利。「吉祥のしるし」として最も適したものでしょう。
また、ラクシュミーの依り代として、金持ちは豪華な彫像や絵画を、庶民はキッチュなフィギアやブロマイドや用意して。
ラクシュミーは、すべての人びとの幸(さち)を願い、福を望む気持ちのなかに住んでいます。そうした意味で、世界各地で出土する旧石器時代の乳と尻のでかい女の偶像は、“ラクシュミー”のすがたを写した「吉祥のしるし」にほかなりません。

ラクシュミー(Lakṣmī)は√ lak(獲得する)ないしは√ lakṣ(特徴づける)に派生。lakṣ は英語の luxury
やデラックスの luxe と同語源。すなわち、「富を獲得する女」にして、「光かがやく」ことによって特徴づけられた「豪華な女神」がラクシュミーです。○○○
デラックスというかたがいらっしゃいますが、イメージの参考にはならないかもしれません。
とまれ、彼女は、すべての好(よ)きこと——富と美、幸運と繁栄の、ヨーギンにとっては解脱の象徴です。
“ラクシュミー”の語の初出は、インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』。だが、そこでのラクシュミーは、まさに「吉祥のしるし」の意であって、特定の神格を表わすものではありません。『リグ・ヴェーダ』の舞台が、インダス文明圏とぴったりと重なる現在のパキスタンや西北インドであったこともつけ加えておきましょう。麦とミルクを糧とする文化です。
しかし、同じ『リグ・ヴェーダ』に、シュリー(Śrī;同じく「吉祥」の意)という名の女神のことが唱われています。シュリーは、東方の、稲作地帯出身の女神かと思われます。おそらくは、稲霊(いなだま)をルーツとする吉祥女神でしょう。
また、『リグ・ヴェーダ』は、先史的なでかい乳と尻で表現するにふさわしい大地の女神(Mahimātā)のこともしたためています。
ヴェーダ後期には、「吉祥のしるし」である“ラクシュミー”も擬人化され、シュリーや地母神と習合してゆきます。
そして、一目でラクシュミーとわかる図像表現が現われるのは、BC.3〜BC.2世紀のこと。彼女の相——手に蓮華をとり、巨乳をし、蓮華に囲まれ、象に支えられるという美しいイメージが最初に現われるのは、サーンチーとバールフトの仏教のモニュメントを彩るレリーフでした。日本では、よく、
「吉祥天(ラクシュミー)は、もとはヒンドゥー教の女神である」
といわれますが、彼女が最初にすがたを現わしたのは、じつは仏教のお寺だった、というのも面白いですね。
これらが紀元前の作品であることも、特筆しておくべきでしょう。シヴァやクリシュナやサラスワティーといったヒンドゥーの神々の図像表現が固まるのは、紀元後数世紀してからのことですから。ラクシュミーは、相(すがた)を得た最初の神格なのです。
人びとは、なによりも強力な「吉祥のしるし」を求めていた。その答えが、あの「蓮華の女神」だった、というわけです。

さて、日本で正月を迎える「吉祥のしるし」といえば、門松やしめ飾りや鏡餅といったところでしょうか。まあ、わたしとしては、
超べっぴんで、手から金貨を噴出する彼女のおすがたを描いて、(来年こそは強制連行してでも)お迎えしたい、と考えていますが。

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Author:インド作家_伊藤武(クルシー)

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